中札内村議会 令和元年9月定例会 2019年9月13日
村議会議員の定数不足について
2019年9月13日、中札内村議会の一般質問で、船田幸一議員が「村議会議員の定数不足について」質問し、村長 森田匡彦が答弁しました。
- 質問者
- 船田幸一 議員
- 答弁者
- 村長 森田匡彦
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
質問 6番 船田幸一
私からは、上札内市街地の地域振興策などについてという点と、村議会議員の定数不足についてということで、この2点をご質問させていただきたいと思います。ここで少し時間をいただきまして、上札内の歴史について触れさせていただきます。広報なかさつない2013年12月号2~3ページの見開き記事には、明治41年、上札内帯広間道路が延長、大正3年、上札内大樹間道路が延長とともに上札内駅逓所が開設され、大正5年、上札内経由路線が国道として開通、昭和4年、国鉄広尾線中札内駅が開業、昭和22年、大正村から分村し、中札内村が誕生しました。小見出しには、最初は、上札内市街の発展からとあり、大正3年、小田桐功氏の住宅の片隅のまんじゅうが商店の第1号であったと綴られています。上札内駅逓所とは、人や馬の貸し出しや、旅人に宿泊所を提供する施設でした。街には、豆腐店、鉄工所、旅館、呉服店、飲食店、共栄座という芝居や映画の館、医院の開業などで大いににぎわっていたと紹介されています。この記事は、中札内村の歴史と地域の空洞化現象について、村民に語りかける衝撃的な特集記事だったと記憶しています。私は、このことからも上札内は中札内発祥の地として、将来にわたって広く認知、伝承される活動、歴史を伝える取り組みがなされるよう、森田村政にお伺いいたします。現在、上札内には、駅逓所の跡地等や歴史を伝える場所があるのでしょうか。記念碑やメモリアルホールなどの議論は将来に委ねることとし、中札内公民館、現上札内交流館や小学校などの公共施設を有効活用する中での展示紹介、あるいは、教育の機会の中で、伝承や紹介をしていただくことをご検討いただきたいと思いますが、いかがでしょうか。次に、上札内の保育所園児、小学校の児童の過去5年間の通所、通学数と、今後の推移の見通しについてお伺いいたします。次に、保育所、小学校の存続や統廃合に関わる事柄について、今現在の上札内地域の皆さまとの協議の経過や地域振興に対する中札内村としての今後の考え方や方針をお伺いいたします。以上につきまして、上札内地区の課題を中札内村全体の縮図として捉え、見据えることが、将来の中札内の村づくりを展望することに繋がると確信しています。人口減少問題や少子化現象に対する行政の危機意識と、中期、長期にわたる総合行政推進政策に深く関わる重大な村民の関心事でもありますので、中札内村の発展に今後とも力強く貢献されますよう、森田村政にご期待を申し上げ、私からの質問とさせていただきます。
答弁 村長 森田匡彦(村長は2025年6月まで)
上札内市街地の地域振興策などについてでありますが、はじめに、駅逓所の跡地や歴史を伝える場所については上札内にはございませんが、中札内村史及び上札内行政区の記念誌で市街地の形成について記載されております。次に、上札内の歴史を学ぶ機会についてでありますが、小学校3・4年生において社会科副読本により、郷土について学んでおります。自分たちが生まれ育った故郷に誇りを持ち地域を大切にする心を持った子ども、未来を担う子どもの育成を狙いとして編集・製作され、授業で活用しております。この副読本の中には、駅逓を含めて開拓からの中札内村の移り変わりを記述しております。特に上札内小学校では、地域に詳しい方が講師として、子どもたちが生まれる前の街並みや出来事などについて、写真などを交えて話していただき、郷土文化の石見神楽の由来などについても学んでおります。また、校舎内に一部ですが、古い生活用具などを展示して、歴史を伝える取り組みを行っております。次に、児童数についてでありますが、上札内保育園過去5年間の園児は、平成26年12人、平成27年12人、平成28年9人、平成29年8人、平成30年7人で、今年が4人、来年以降の見込みは令和2年1人、令和3年以降は現段階で入園の見込みはありません。上札内小学校過去5年間の児童は、平成26年14人、平成27年17人、平成28年18人、平成29年14人、平成30年14人で、今年が17人、来年以降の見込みは令和2年16人、令和3年11人、令和4年11人、令和5年9人、令和6年8人と見込んでおります。今後の教育環境に関わる上札内地域との意見交換については、まだ行っておりません。来月中旬までに、現状・見込みを示して、子供たちにとってどのようにしたらよいのか話し合う予定でおります。上札内地域における保育園や小学校の存続は影響が大きく、地域の皆さんの大きな関心事であることは十分認識しております。上札内地域の振興は村全体の活力の維持にも結びつく課題であり、教育環境のあり方や高齢者などへの支援施策について、地域の皆さんのご意見、ご提言や関わりをいただきながら取り組んでまいります。
質問 6番 船田幸一
私の認識不足もありまして、子どもたちの教育の中で、上札内の歴史も触れられているというお話がございました。ただ、表立って、私も拝見しましたけれども、目に付くようなものではないなというふうに思っております。その点は、多少認識の差はあろうかなと思います。それで、一つには、園児、それから、小学校の児童の変遷ですけれども、以前も上札内の地区の学校問題とか、さまざまな形の中で、歴代の首長さんや役場職員さん、そして教育委員の皆さま、あるいは、教育委員会の職員の皆さま、そして議会の皆さまという形の中で、歴史を歩んできた流れがあろうかと思います。学校問題について、あるいは、保育所問題については、やはり上札内の地域にとっては、なくてはならないそういう施設であったと思われます。また、そういう行事も含めて、上札内の市街地の中でも取り組まれてきておられます。親御さん、そして地域の住民の皆さまにとっても、自分たちの将来を語る上でも、あるいは、子どもたちに未来をつないでいく上でも、大切な大切なシンボルだと私は思っております。質問の中で、私、上札内の歴史について触れさせていただきました。実は何を言いたかったかと言いますと、もちろん先人たちの開拓した精神に基づいて、中札内村が発展してきたということは、紛れもない事実だと思うのですね。その中で、国道が当時、大樹と上札内、中札内をつなぐ236号線として存続してきました。当時、私もスクールバスに乗って中札内に通った一人でございますけれども、この国道が道道に降格されて、そういった歴史を辿る中で、道道静内中札内線という形で、私も子どものころ、私が七十数歳になったときに、僕もこの道を通ってきっと将来日高のどこどこの街へ行くことができるのだなと、そんな思いでおりました。それが、いつしかこういう形になってしまいました。そこでお尋ねをしたいことは、もちろん学校の存続の問題、それから、もう一つは、保育所の存続の問題については、やはり村長がおっしゃられた、ご答弁をいただいた地域の皆さまに寄り添った形の中で、今後とも進めていかれるのだろうと、私は改めて期待を申し上げたいと思いますし、また、職員の皆さまを含めて、地域の方々と時間をかけて語っていただきたい、未来づくりに、村づくりに取り組んでいただきたいなというお願いでございます。先ほど申し上げた後段の部分では、道道静内中札内線が、国道が、あるいは道道があることによって、今現在のような上札内が通過地点の街になっているわけですよね。上札内の街というのは、確かに、今現在、岸化学工業や水道企業団、そして、中札内若鶏とか、そういった形で企業も多数存在しています。しかしながら、以前ありました農協のスタンド店舗、あらゆる形で、あるいは、プールも解体されてなくなりました。上札内見るとどうしても目線が、村の目線が遠ざかっているのかなという感じがしてなりませんでした。そういった意味において、通過地点である上札内、道道静内中札内線が早期に凍結解除されることによって、上札内の街が少しでも潤うのではないかなと。もっと全体像で見ると、中札内村も益々発展のよりを残しているのだろうなと。そういう意味で、道道静内中札内線も考えていただきたいなという私の思いであります。それと、もうちょっと関連したお話をさせていただきますと、上札内に住んでいる方々で、農業後継者の方も、地域的な街がない、学校がなくなるとかいろんな不安がある中で、やはりお嫁さん対策の問題についても、やはりどうしてもシビアな問題として心に残るわけであります。そういった意味においても、中札内村は総合組織だと私思っていますので、上札内にももっともっと目を向けていただきたい。そうすることによって、私たち住民が、上札内の歴史を考えながら、上札内の村づくり、中札内の村づくりにいろんなご意見が出てくるのだろうと思います。そういう機会を利用しながら、検討していただきたいなという切なるお願いでございます。ご回答の中で、まだ住民とはお話をされていないということでありますけれども、水面下での動きはあるのかなというふうには感じていますが、やはり中札内側に住んでいる人たちがどういう経過でどういうふうになって進んでいくのだろうということについて、注目していると思います。また、感心を寄せることが大切なことだと思いますので、どうか全体的に話題にしていただいて、村づくりのために頑張っていただきたいなと思います。それと、上札内のまちづくりなのですけれども、桜六花公園の祭りもあったり、いろいろありますけども、先ほど申し上げたように、通過点となっている事実をご認識いただきたいということと、札内川ダム、そして、西札内防災ダム、そして、一本山展望台等々、上札内には観光資源となるべきものも多々あろうと思います。これらを、かつて引き渡しを受けた当時は、開発の行事としていろんなお金が出て、そして住民が参加してきたという経過もあります。西札内防災ダムについてもそのとおりでございます。しかし、そこの時点で終わってしまっているのですね。やはりそうではなくて、その後を維持していけるようなイベント等を、やはり復活させていただきたいなと思いますし、そのことが、やはり望まれているのではないかなと私は思っております。そういった中で、今後、村の総合推進政策の中でも、いろんな形の中で、上札内を取り上げていただいて、幅広く論議ができるような機会の場を設けていただきたい、改めてお願いをして、私の質問とさせていただきます。
再質問 6番 船田幸一
再質問については、今後課題がかなりシビアな部分があって、まだ語ることができない部分がかなりあると思いますので、これ以上深くは掘り下げるつもりは、私はありません。
答弁 村長 森田匡彦(村長は2025年6月まで)
船田議員から再質問ということでお話ありました。答弁はそこまでというようなお話ではありましたけれども、先ほどお話伺っている中で、いわゆる上札内地域、中札内村の発祥というか、本当に歴史のある地域で、しっかりそこに寄り添ってほしい。そういったことを強く望まれるご質問だったかなというふうに受け止めております。私もまだ村長になって2年ちょっとでありますけれども、できる限り、実は上札内の方には足を運ばせていただいて、地域のコミュニティというのは、都度見させてはいただいております。本当に住民のつながりが深くて、また、本当に上札内市街、そこから上流の、先ほど西札内防災ダム、一本山展望台等々のお話ありましたけれども、確かに素晴らしい自然環境に恵まれておりまして、観光資源としても非常に可能性が大きなものが多々ございます。そういった面では、しっかり、何と言っても、日本全体として人口減少という状況にありますので、上札内地区、もっともっと人口増やすとかそういった大きなことは言えはしないのですけれども、しっかりその可能性というのは、私も認識しておりますので、その観光的な資源であったり、地域のコミュニティ、強固なコミュニティだったりというものをどうこれから活かすかというか、磨きをかけるか。そういったことをやっぱり真剣に考えていかなければいけないなというふうに思っております。石見神楽にしても、私も毎年ちょっと実は見させていただいておりまして、本当に地域住民、もしくは上札内以外の方も一緒になって、石見神楽をつくっているという状況を見ておりまして、これは本当もっともっと中札内村の多くの人にも見ていただきたいなというふうに思いますし、上札内地区の一つの、あのエリアの活性化策としては、今年本当に桜六花公園ですね、あそこで地域おこし協力隊が中心になってイベントを今年開催しまして、しっかり情報を届ければ、本当にものすごい数の人が来てくれる。そういった面で、本当に地域の方々としっかり手を携えながら、あそこの魅力を知っていただく。本当にそれ以外にも、言いもらしましたけど、フィッシングという釣りの面でも、実は上札内地区すごくファンの方がたくさん入っておられますので、そういった方々が、例えば、地域住民の方々と、何かそういった観光に来られる方とうまく交流が持てるような形をできないか。いろんな面で知恵を絞りながら、しっかりと地域に寄り添って取り組みを進めてまいりたいというふうに私も全く同じ考えでおりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
再質問 6番 船田幸一
答弁ありがとうございました。村長のお気持ちが伝わってまいりました。私、1点だけ、掘り下げるつもりはないと申し上げましたけれども、1点だけお願いがございます。多くの村民の方々が、中札内が宅地分譲をして、ときわ野に住んで、ふるさとに戻られた方もいらっしゃいますし、移住をされてきた方もいらっしゃいます。そういう思いの中で、古くから住んでいる人たちにとって、ちょっと寂しいなと。私たち古くからいる人間にとって、何をしていただいているのかなという思いを持っていらっしゃる方のお話を聞く機会がございました。上札内地区にも、やはり移住策等を含めた形の中で、何らかの対策を、今後、施していただきたいなと、そういう優しい目で見ていただきたいなというふうに私は思っております。どうかよろしくお願いいたします。