みんなの議会

むかわ町議会 令和元年第2回定例会 2019年6月20日

旧布施旅館の跡地について

2019年6月20日、むかわ町議会の一般質問で、大松紀美子議員が「旧布施旅館の跡地について」質問し、町長 竹中喜之が答弁しました。

質問者
大松紀美子 議員
答弁者
町長 竹中喜之

議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。

件名は、議員が最初の質問で述べた言葉から取ったものです。

質問 5番 大松紀美子

それから、2つ目に入ります。旧布施旅館の跡地についてです。震災後いち早く保存し、復興のシンボルにしていくとの考えを発信し、各種報道もありました。震災後のまだまだ混乱が続く中で、保存するという、町がその声を発信したことで、それからこれまで住民の方々から、なぜなの、もっとほかにやってほしいことがあるでしょう、などの声が多く寄せられています。住民の理解と納得を得るためには、保存の意義や町民のための活用の考えなど丁寧な説明が必要と考えます。3つ聞きます。歴史的建造物として保存する、こういう考えに至った経過について伺います。2つ目に、活用内容の考え方は。新聞の報道では、さまざま議会の中では示されておりませんけれども、いろんな報道があります。活用内容の考え方。それから3つ目に、土地取得を含めた財源の見通しについて伺います。

答弁 町長 竹中喜之

旧布施旅館につきましては、歴史を少しさかのぼりますと、明治25年に当時の行人宿というのが官許の鵡川駅逓所となり、解体前の建物となる東側部分、解体前の、明治43年に建設されております。その後、幾度かの改築を経て解体前の姿となっていたところでもございます。駅逓所は、議員御案内のとおり、開拓使が設置した北海道独自の交通補助機関であり、交通の便が悪かった当時の北海道の宿泊、運送、通信を支えた仕組みでもあり、その運営、管理方法は開拓使から受け取った取扱人が行う半官半民であり、まさに現代の公設民営方式、PFIを先取りしたような施設ともされております。このことから、鵡川駅逓所として役割を果たしてきた旧布施旅館につきましては、明治、大正期のむかわ町の風景を現在に伝える大変貴重な歴史的建築物であったと捉えているところでございます。旅館業として約10年前に営業というのを終えて、老朽化が進んでいくため、歴史的価値、そしてシンボリックなたたずまい、こういったものを生かすように、震災以前から交流人口だとか関係関心人口の拡大にもつなげていくよう、むかわ町のむかわ版の地方創生を推進する施設として活用を模索していたところでもございます。しかし、昨年の9月の震災によって建物は大きく損壊、むかわ町ひいては北海道の歴史的財産が失われる危機に瀕していたところ、保存に向けた町民の方々の声というのも受けながら、検討の結果、所有者の方の承諾を得た上で、町による解体と明治期の建築資材等の保存を決めたところでございます。このため、建物解体につきましては、本年2月着手、5月10日に完了をしているところでもございます。町にとっての貴重な建築資材、これを現在旧生田小学校体育館に保存をしているところでもございます。2点目の今後の活用内容についてでございますが、現在、町におきましては、復旧・復興の途上、まずは被災された方々の生活の再建、公共施設、そしてインフラの復旧というのを優先して進めなければならないと考えております。建物の再建につきまして、その具体的な計画というのは、先ほど申し上げましたように、今後に向けて後ほどお示しすることになるかと思います。いずれにしましても、これから策定します復興計画、そして、その復興計画も創造と地方創生というのを意識した中の計画でもございます。これから行う優先順位というのを見きわめながら判断してまいりますので、御理解をお願いしたいと思います。次に、再建に係る財源についてでございますが、再建内容が固まっていない現状でありますので、財源等についても今後の検討課題となっておりますので、御理解を願いたいかと思います。なお、所有者の方からは、土地の寄附をいただく前提で今協議中であることをお知らせしていきたいと思います。

質問 5番 大松紀美子

いまいち、復興のシンボルにするというところが私の心には余り、それがこの布施旅館の駅逓であったとか、104年ぐらい建ててから経っている、直し直しですけれども、それは、なぜそれが復興のシンボルになるのかというのは、わかりません。私に寄せられている御意見の中には、やっぱり圧倒的に、もっと違うことにお金を使うべきだろうと、使えるお金があるんならという感じですよね。ただお一人だけこういう方がいました。町の中がこんなに寂しいと、何でもいいから建ってくれればいいと。ところがですよ、ここの記事の中に、場所も未定で現地と移転の両面から検討するとかとあるんですよ。こういうのはどこから出てくるのかと。でもこうやって書いているんです。これが違うなら違うと言ってくださったらいいんですけれどもね。こういうことがあります。そして古民家カフェや博物館を含めとか、こうも載っていますよ。こういう考えをお持ちだから出るんですよね、こういうのね。私たちには、議会には何も言われていませんし、相談もされていませんし、町が一方的に発信しているだけですよ。これっておかしくありませんか。そして、この前の質問では、復興計画の中にあります、入れますから、3日でしか言えませんと言っていながら、この旧布施旅館のことはこういうふうにしますと述べていますよね。おかしいでしょう。だから、なぜこういうことが、これ、今言ったことは、こんなふうに考えているということは本当なんですか。

答弁 町長 竹中喜之

冒頭、答弁でも申し上げましたけれども、議員質問の歴史的建造物として保存するに至った経過というのは申し上げたとおりでございます。つけ加えるならば、地方創生の絡みでございますけれども、2016年12月に国のほうで、各地の歴史的な資源を活用したまちづくりを支援する方針というのが出されているところでもございます。具体的には、例えば、今ある古民家再生というんでしょうか、そういったことの方針が提起されたかと思います。布施旅館としての固有名詞についてはこの間、提示はしておりませんでしたが、これは所有者の方の利害といったものも出てくるということから、具体的に提示はしておりませんが、むかわ版の地方創生での文化財等の保全あるいは市街地内での、先ほど議員のほうからも提案がありました、町民の方も申し上げられていたかと思います、空き家だとか空き店舗というのが増えているといったことから、こういうことも対策として、昨年度から執行方針の中におきましては、関心関係人口の拡大といったような表現の中で、この辺は提示させていただいたところでもございますが、質問の中にもございましたように、復旧復興と歴史的建造物の再建と、これについては、今回の質問、先ほど議員のほうから言われました発信の時期がどうだったのかと。災害に瀕している応急、さらには復旧といった段階というんですか、フェーズというんですか、そういったときに住まいだのの暮らし、そして復旧再建が急がれている中で、なぜそこに復興のシンボルだとか歴史的建造物といったところの再建の見出しが、なぜ今なのかということの御質問があったかと思います。そういった中の住民の皆さんの声というのもいただいているところでもございます。御存じのとおり、むかわ町で言えば中心市街地、鵡川地区で言えば、例えばですけれども、1キロの東西にわたって20戸以上の建物が損壊して、今ほとんど更地となっているところでございます。繰り返しますけれども、そういったところの町並みというよりはまちなかを、これからそのにぎわいだとかあるいはなりわいといったものを意識する中において、ここの立ち上がる一つの拠点的な歴史を持った施設というのも生かした中でのまちなかの再編というのはできないものだろうかと。そういったことの思いも含めまして、まちなか再生と歴史的建造物の継承、さらには、継承するだけでなくて、それを活用する相乗効果というのが見込まれる取り組みについて、その考え方というのをこれから具体的にさらに煮詰めていければなと思っているところでございます。

質問 5番 大松紀美子

私に寄せられる町民の方の御意見というのは厳しいものです。この布施旅館を残していくの、歴史的建造物として、町長が今言われるような考え方が果たして町民の皆さんの中に受け入れられていくかというのは私はわかりません。それを、あくまでもこのことをやっていくということであれば、やはりきちんと町民の皆さんと向き合って御意見を聞いて、何でもそうですけれども、このことに限らずそうですけれども、やっていただきたいということを申し上げて終わります。────────────────────────────────────────────

出典:むかわ町議会 令和元年第2回定例会 2019年6月20日 議事録 PDF(29ページ) 間違いを知らせる