紋別市議会 平成31年第1回定例会 2019年3月11日
上渚滑地域の振興について
2019年3月11日、紋別市議会の一般質問で、喜多俊晴議員が「上渚滑地域の振興について」質問し、市長 宮川良一、企画調整課長 富樫豪志が答弁しました。
- 質問者
- 喜多俊晴 議員
- 答弁者
- 市長 宮川良一、企画調整課長 富樫豪志
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
質問 9番 喜多俊晴
先ほど、議場内の皆さんとともに黙祷をささげました。未曽有の被害をもたらした東日本大震災から8年の月日が流れました。犠牲になられました方々のご冥福を心からお祈りするとともに、被災地の皆さんの一日も早い完全復興を願うばかりです。それでは、私は市民の声の一員として、さきに通告しております項目の順に従い質問させていただきます。どうぞよろしくお願いをいたします。今回は、私が住んでおります上渚滑地域の問題について質問させていただきます。まず最初に、宮川市長におかれましては、紋別市長として上渚滑地域の振興につきましては大変なるご理解をいただき、上渚滑診療所の建て替え、児童館の移設・新築、上渚滑地域唯一のAコープストアの閉店に伴いコンビニエンスストアの誘致にご尽力をくださるなど、この地域に住む住民の一人として心から感謝を申し上げます。ここで現在、この地域において問題となっている以下の2点についてご質問させていただきます。まず1点目は、和訓辺上渚滑線記念橋かけ替え橋梁計画についてご質問させていただきます。和訓辺上渚滑線記念橋は、上渚滑地域の中心に位置し、紋別市と滝上町を結ぶ重要な橋として昭和33年に竣工しております。平成元年に新記念橋が開通した後も、上渚滑市街地と和訓辺エリアを結ぶ重要な路線として利用されております。しかしながら、竣工から60年が経過をし、老朽化が著しく、現在は総重量14トン以上の車両については車両重量規制が行われております。和訓辺地域には、250ヘクタール以上の農地が広がっております。また、社会福祉法人紋別市百年記念福祉会が運営しているオホーツク福祉園、こまくさ学園もこのエリアに存在をしております。和訓辺上渚滑線記念橋は、和訓辺地域の酪農家だけではなく、多くの農家が市街地を越え、この記念橋を渡り、和訓辺地区の農地を利用しておりますが、橋の重量規制により大型トラック、ダンプ、農作業大型トラクターの通行に支障があり、牧草収穫物の運搬はもとより、春の肥料まきから秋の堆肥の運搬まで大きな影響が出ております。数キロメートルの迂回を余儀なくされる新記念橋を利用せざるを得ない状況にあります。また、排雪場もこの地域にあり、冬の除雪作業にも大きな影響を及ぼしております。一日も早い橋のかけ替えを、町民皆が希望するところであります。ここでお聞きいたします。1点目、和訓辺上渚滑線記念橋かけ替え橋梁計画について、現在、かけ替えの計画がどのように進んでいるのかお聞きをいたします。また、2点目として、この橋の工事完了予定年についてお知らせ願います。続いて、社会福祉法人紋別市百年記念福祉会が運営をしているオホーツク福祉園、こまくさ学園の建て替えについてお尋ねをいたします。この問題につきましては、さきの阿部議員からのご質問もあり、重複するものでございますけれども、地域にとって大変重要な問題でもあり、重ねて質問となりますことをご容赦願います。さきの9月に行われました第3回定例会において、田中勝彦議員からご質問があり、市長の答弁として、同法人による施設の移転建替えに対する市長の見解につきましては、施設の移転場所の選定はあくまで法人自身が決定する事項であり、意見を述べることは差し控えてきたところではありますが、市としては、地域を代表する事業者が姿を消すことになれば、地域における社会経済の活動の停滞や活力の低下、さらには人口減少の加速化を招きかねないと危惧しており、同法人におかれましては、これまで同様、地域を代表する法人組織として上渚滑地域に存在し、地域の発展に貢献されることを期待し、同法人に対して地域住民との協議の場を設け、相互理解を醸成させるようお願いをしておりますとご答弁いただいております。社会福祉法人紋別市百年記念福祉会からは、平成29年9月29日、上渚滑町再開発期成会にオホーツク福祉園、こまくさ学園の建替計画についての説明があり、その中で上渚滑での建て替えにはいろいろな問題があるとのことで町外への移転の計画が示されております。それを受け、同10月6日、オホーツク福祉園、こまくさ学園を上渚滑に残す会が地域の多くの人たちによって設立されております。残す会からは、オホーツク福祉園、こまくさ学園に上渚滑に残っていただけるよう要望書も出されております。要望書では、施設の設立から今日までの地域との結びつきや他地域への移転後の地域に与える影響、他地域移転の要因となる問題点の解決策の話し合いなどが提案されております。しかしながら、理解を深める対話には至らず、市長の答弁にある地域住民との協議の場を設け、相互理解を醸成させる歩みとはなっておりません。もし、同法人が検討している紋別市渚滑町地域に移転となれば、三十有余年、上渚滑住民と施設との間に醸成してきた関係と同様な良好な関係を移転先地域住民と構築できるのか、移転地域住民の園に対する理解、新しい地域へなじむための施設利用者のストレスは大丈夫なのか、そのことが利用者にとっても幸せなのか、施設の今後のあり方にも考えは及びます。オホーツク福祉園、こまくさ学園を残す会では、この3月1日に住民に呼びかけをし、これからもオホーツク福祉園、こまくさ学園は上渚滑地域とともにをスローガンとする、オホーツク福祉園、こまくさ学園転出阻止大会が開催されております。当日は160名の町民が集まり、また現在、340名を超える転出阻止の署名が集まっております。上渚滑地域とこれら2つの施設が現在まで友好的に築いてきた信頼関係を後退させることになるような状況に非常な憤りを感じる一人として、まずは友好的に議論を深める必要があると考えております。この施設は、単に上渚滑に存在する社会福祉法人という位置づけだけではなく、紋別市の福祉施設の中心的な事業所でもあり、この法人の未来に大きな期待を持つところであります。紋別市も、この法人の将来に向けて深い理解をいただき、地域とともに発展するための協力をお願いしたいと考えております。ここでお聞きいたします。これまでの同法人との議論を踏まえ、市長のお考えをお聞かせください。1点目に、昭和56年ごろから議論を深め、オホーツク福祉園、こまくさ学園が上渚滑に設置が決まった経緯について、改めてお聞かせください。2点目に、この施設が上渚滑地域外に移転となったときの上渚滑地域への影響についてどのようにお考えかお聞きをいたします。3点目として、紋別市として、今後この法人に対して期待されるものをお聞かせください。なお、再質問は留保させていただきます。
答弁 市長 宮川良一(市長は2025年6月まで)
それでは、喜多議員のご質問にお答えいたします。初めに、和訓辺上渚滑線記念橋かけ替え計画についてであります。1点目のかけ替え計画について、現在どのように進んでいるかにつきましては、記念橋のかけ替えは維持管理主体である北海道が2015年度に実施した橋梁定期点検において、橋梁上部構造にこれまでにない大きな損傷が確認され、技術的見地からの補修が困難であるとの判断に至ったことから、かけ替え計画に方針を転換したとお聞きしております。かけ替え計画の基本となる架橋位置の決定に当たり、地域の皆様のご意見をお聞きするため、本年1月16日に北海道と市による事業説明会を上渚滑支所で開催し、上渚滑町再開発期成会会長をはじめ、10名のご出席をいただいたところであります。皆様からいただいた貴重なご意見を踏まえ、本年度内での架橋位置の決定を見据えた第2回目の事業説明会の開催に向け、現在準備を進めているところであります。2点目の橋の工事完了予定年につきましては、2019年度からの道路予備調査をはじめ、北海道の取り組みであります公共事業の必要性や事業内容の適切性、緊急性、優先性などについての評価を行う公共事業大規模等事業評価の手続に係る期間と、橋梁下部工設置や上部工の製作及び架設等に係る期間を含めると、新橋完成までにおおよそ7年程度の期間が必要であるとのことから、現時点では2026年度中の完成と開通を目指す計画であるとお聞きしております。なお、新橋完成から2カ年で旧橋の取り壊しを進める計画であり、工事の完了年といたしましては2028年度になるとのことであります。次に、社会福祉法人紋別市百年記念福祉会のオホーツク福祉園、こまくさ学園の建て替えについてであります。1点目の上渚滑に設置が決まった歴史的経緯につきましては、1978年に知的障害者親の会から、遠紋地区に知的障害者の受入施設にあきがなく、遠くは函館の施設に入所依頼をしている状況であるため、親亡き後を安心して託せる施設をつくれないものかとの要望が市に寄せられ、紋別市社会福祉協議会によるニーズ調査を経て、市の総合計画の重点項目に知的障害者の施設建設が位置づけられたところであります。その後、北海道に対し、道内や管内の状況において、本市でどのような障害者施設が適切か協議したところ、その当時、道内の更生施設の新設は認められておらず、自立に向けた訓練ができる授産施設の設置が妥当との見解が示されたため、建設予定地は自然豊かで畑作業ができる広大な土地が必要であるとの理由から、上渚滑が適地となったものであります。市は、これまで1983年に開設された授産施設オホーツク福祉園と1993年に開設された更生施設こまくさ学園の設立に係る総事業費約7億円のうち、約4億2,000万円を財政援助し、国、北海道からは約1億4,000万円の補助金を拠出されたほか、紋別市社会福祉協議会より1,000万円、市内法人、地域法人などからも多くの寄附が集まったものと認識しております。このほか、福祉関係、金融機関、経済界など多方面の方々から理事を募り、同時に施設の設立基金に対する支援を受け、特に上渚滑選出の理事におきましては、地域住民の理解を得る上でご尽力いただいたところであります。園舎完成後には、前庭の造園に際し、地元有志の方々から樹木や庭石の提供を受け、さらには早朝より土の搬入や造園作業に当たるなど心温まる支援をいただいたとお聞きしております。また、運動会などの行事には地元の方が売店を出し、収穫感謝祭では農業班で働く園生が育てた野菜が会食の席に出されるなど交流を深め、開園当初は不安であった園生も、買い物に出た際は町民の方がさりげなくお世話をするなど、地域との触れ合いの中でつながりを深めてこられたものと考えております。このように、理事の方々の並々ならぬご努力と地元の皆様の深いご理解とお力添えのもと、社会福祉法人が設立され、施設の運営が進められたものと認識しております。2点目の上渚滑地域外へ移転した場合の地域への影響、3点目の市として今後、法人に対して期待するものにつきましては、さきに阿部議員にお答えしたことでご理解をお願いするとともに、紋別市百年記念福祉会に対しては、これまでの市との協議経過を踏まえ、地域住民や市との協議に積極的に取り組むなど、責任ある対応を重ねて強く求めるものであります。以上で答弁を終わらせていただきます。
質問 9番 喜多俊晴
ただいまは大変ご丁寧なご返答をいただきまして、ありがとうございます。再質問をさせていただきます。橋のかけ替えにつきましては、あの橋は橋桁と橋桁の間で橋をつなぐというちょっと特殊な構造になっていまして、そういう橋はもう北海道に余り残っていないということで、本当に早いかけ替えを望むところでありまして、地域の実情も踏まえ、一日も早い完成に向けて市も鋭意努力をしていただきたいと心からお願いを申し上げます。社会福祉法人紋別市百年記念福祉会が運営していますオホーツク福祉園、こまくさ学園の建て替えについてですけれども、福祉会では昭和57年に開設され、30年以上の月日がたっており、建て替えの構想は以前からあったと聞いておりますけれども、話が大きく動いたのは平成29年、紋別市のほうから道立病院の跡地に同法人の施設移転の話があったということが大きな起点となっているというふうに法人関係者から伺っております。その後、跡地利用は別の方向に動き、施設移転の話はないものとなったと聞いておりますが、実際にはこのような動きがあったかどうか、お聞かせください。
答弁 企画調整課長 富樫豪志(企画調整課長は2020年3月まで)
お答えいたします。百年記念福祉会さんのほうから、平成28年8月に旧広域紋別病院跡地をはじめとして、紋別市街地への移転建替えの計画があるということで支援要請をいただいていたということでございます。以上でございます。
質問 9番 喜多俊晴
多分、こういうやりとりがいろいろなところでボタンがかけ違っていくのだと思います。市と福祉会の問題を言っているのではなくて、恐らく福祉会の中でもいろいろなやりとりがある。その中で、市とのいろいろな、もちろん福祉部なりとの接触がある。その中で、いろいろな話の進め方が出てくるのかなというふうに思いますし、例えば理事会段階ではどこまで話が通る、あるいは理事長まではどこまで話が通る、それは現場の人間が知り得るものとするというようなところで、先ほど市長の阿部議員へのご答弁にもありましたけれども、この福祉会の中の例えば建設委員会、あるいは評議員会、そして理事会という中でのいろいろな場面での風通しのいわゆる余り意思の疎通がうまくいってないというのが恐らくはこの問題の根幹にあるのかなということで、今の話がどちらから先に出たとか出ないとかということは、ここで全くこれ以上議論を進めるつもりはございません。いずれにしましても、道立病院の跡地も一つの候補として話があって、そこからその話がなくなったけれども、その建設委員会ができまして、上渚滑への建て替えじゃなくて紋別市内への移転の方向が議論がどんどん進んでいったようであります。幾度か市長も福祉会、残す会との話し合いの場も持たれたようですけれども、進展がなかったというふうに聞いております。9月の議会での市長の思いも届かず、何といっても地域との協議も進まず、今年1月、建設委員会の意見書が理事会に提出されたと。そこで、危機感を持った残す会が3月1日に、先ほど申したとおり移転阻止大会、そして署名活動に至ったということでありますが、先ほどの阿部議員のときに、10月に福祉会のほうから出された文書の話が出ておりました。9月に議会で市長が上渚滑にというところにかなりの強力な返答があったというふうに伺っております。それ以前の話がどういう状況かは僕はわかりませんけれども、もしかすると、あれ、そんなはずじゃなかったんじゃないかというものがあったのかなという推測もできるわけですけれども、あのときから、要は市長が9月のときに上渚滑にという話を、これは本来、福祉会が決定をすることですがという前置きをしながらも発言をされた。そのことによって、福祉会と市との会話も進まなくなったのかなと。それから、議論をするときに、どうも断片的なことが多くて、もっと言えば一方的なところが多くて、今、先ほども申しました阻止大会が開かれるだとか署名活動すると、市長もおっしゃってましたけれども、余りいいことではないと僕は思っております。小さなまちの中でこんなことが行われるのは非常に残念だなという、地域に住む一人として思っております。しかしながら、今ここまで膠着状態に陥っているというのは事実です。今申しました福祉会、それから地域の住民がつくった残す会、そことの間もほとんど議論が進まない状態。それから、福祉会の中の理事会と、その中につくられています建設委員会というところにもなかなか溝があるのかなという状況も、含みを持って市長さんの答弁にもございましたけども、それも事実なのかなというふうに思っております。福祉会は今、いろいろな問題を抱えて、建設委員会が一定の方向性を出したというのは、これは真摯にこれから長年にわたってこの福祉会を安定的に利用者さんのために運営するためにはどうしようかということで、きっと一定の結論が出たというふうには思うんですけれども、僕はその中で一つ、やはりこの地域とこの三十有余年、福祉会とその施設とそれから地域が非常に友好な関係にあったという、その歴史的なものを前向きに捉えられていないところに今回町民が非常に憤ったのかな、それが署名運動につながったというふうに思っております。上渚滑からそれだけ大きな施設がなくなる、過疎が進む、だから困るんだということ、その一面は実際にありますけれども、それだけではなくて、先ほど市長さんの答弁にもございましたけれども、餅つきから始まって、本当に夏祭り、あるいは保育所の子供たちと一緒に秋の芋掘りに行く、夏祭りには中学生がそこで太鼓を披露する。買い物に行ったときにまちの人々との触れ合いがある。散歩をしていても、手を振ったり、クラクションをプップッと鳴らして交流がある。そんな開かれた福祉施設、その中で上渚滑と三十有余年培ってきたものが、残念ながらその建設委員会の意見の中に欠如しているのかなというふうに思いますし、こういう施設が地域とともに歩むということは、施設の存在として非常に肝心なのかなというふうに思います。しかしながら、あの施設ができて三十有余年、極端に言いますと、利用者さんも同じぐらい年を重ねている状況にあります。ですから、当時、畑があって、そこでいろいろな作業をしたり、今そういう人方がもう高齢化になってそういうニーズがない。片や、こちらで今後、終末期の問題をどうするかと、そういうことにもなっている。移転先をどうするかということの根幹にそういう問題もある。それが建設委員会さんのご意見にはあると思うんですけれども、その中で単純に今の市と福祉会とそれから地域の皆さんが署名運動をやったり決起大会をやったり、そういう非常に膠着した状態。これは当事者ではなかなかもう前に進まないような、非常に緊張感のある状況になっているのも事実でございます。ここはやはり福祉行政として、福祉政策として、この紋別市が今後5年後、10年後、20年後、どんな施策をするのか。その中に、三十有余年歴史を重ねたこの福祉会がどういう位置づけになって何を望んでどうしていかなきゃいけないか。そのために市が何をしていただけるのか。あるいは、福祉会自体が何をしなければならないのか。そういうもう一度原点に立ち返って、かみ砕いたところから組み立てをぜひしていただかないと、物が前に進んでいかない状況に陥っていると私は考えております。今、あのときの文書がああだった、あのときの集まりがどうだった、誰々が何を言った、集まればその議論になるんですね。でも、前を向いて、利用者さんを中心としてどうしたらいいのか。そして、そこにもちろん地域育成、過疎をどう防いでいくかという問題も含めながら、福祉政策と地域振興という大きな枠組みでもう一度組み立て直していただかないと前に進まない。地域にいる一人として、何とかしたいと思いましてもなかなか前に進まない、これが僕は現状だと思っております。そういうことを踏まえて、大きな視点で市が将来のビジョンを持ってこの問題に改めて取り組んでいただきたいというふうにお願いをするところでございますけれども、市長の見解をお聞かせください。
答弁 市長 宮川良一(市長は2025年6月まで)
今、喜多議員がおっしゃられたように、各議員さんもご質問ありますように、この問題が厄介な問題という言い方が適切かどうかわかりませんけれども、入り組んで非常に難しい状況になってきているなというふうに思います。私の発言もありますけれども、それぞれが実際にどれだけの責任を持って発言をしているのかということがなかなか見えなくなってきています。もちろん、この福祉政策の中で、私どもは障害を持っている方々の就労の場ですとかあるいは居住の場をしっかりつくっていって共生できる地域社会づくりというのは大きな地方創生の柱でありますので、この百年記念福祉会の活動に大きく期待をするところはもちろんあるわけでありますが、いつの時点かわかりませんけども、なかなかそのコミュニケーションがとれなくなってきていたんじゃないかなというふうに思います。当初、先ほどご質問にありましたように、百年記念会の理事長をはじめ理事の方が来られて移転をしたいということで、どこか場所がないだろうかということでありました。市としては、先ほど言ったように病院跡地ですとかあるいは南が丘ですとか、いろいろ土地は所有している部分があります。そういう中で、移転ということであれば協力はしますけれども、あくまでも今言われたように地域で育てていただいた施設なんで、地域の方々のご理解がなければ市は実際に動けないということはそこの場でも言った記憶がございます。そういう中でお話をしてたんですけれども、あの会話自体が福祉園として理事会を通してきているのかというと、結局は一部の理事長ですから、それが通るのかどうかはわからないですが、協議がされてない中で来られてたのかなというふうに思います。そういう中で、私も理事長とはいろいろなプライベートの中でも親しくさせていただいておりますので、実際にご自宅へ伺っていろんなお話をした中で同じようなことを申し上げました。地域の皆さんのご理解をいただけなければ、市は土地云々についてもなかなかご協力はできませんよということは言われて、理事長もご理解をされておりました。そういう中で進められてきておりますけれども、なかなか地域の方々と話がされてこないという部分が現実にあって、今のような状況になってきたわけであります。市が、今この答弁でお話ししたように、当初、多くの財政支援をしながらあの地域につくっていただいたというそういう歴史的な経緯もありますし、もちろん私も文化祭ですとかいろんな場面で上渚滑にお伺いしたときに、園生の皆さんも出演をされたりして、本当に和気あいあいとこの地域でこの方々を見守っているなという、そういう思いを自分が文化連盟の会長だったときですとか、いろんな立場で出たときに感じておりましたので、やはり一番そこが私は大切なんじゃないのかなというそういう思いもありました。また、前回、田中議員のご質問がありましたんで、私は率直に自分の考えを述べさせていただいて、あそこでさらにあの旧校舎も利用しながらいろんな作業もまたさらにできるんじゃないのかなと、そういう思いもありましたので、ああいう答弁をさせていただきました。いろんなことがある中で、どこがどう責任がある云々ではなくて、もう一度、喜多議員が言われるように、もちろん市がリーダーシップを発揮しながらこの問題解決に取り組まなければならないというふうに思いますので、地域の方々、また理事長をはじめとしてそういう方々と、この膠着状態を何とか回避するために頑張っていきたいというふうに思います。その中で、先ほど議員が申し上げました、これから、特に知的障害を持たれている方々の高等養護学校もありますし、養護学校もありますので、そういうところも含めて、この福祉事業なりこの地域社会のあり方をしっかり私どもも相談をさせていただきながら進めさせていただければというふうに思っておりますので、そういうことでご理解をいただければと思います。
質問 9番 喜多俊晴
大変ご丁寧な答弁をありがとうございます。市長がおっしゃるとおりでもございますし、やはり一番肝心なのは社会福祉法人の中で一定のきちっとした論議をして、そこから地域にも会話の輪を広げていただいて、地域も真摯にその議論に尽くして、そして市とも友好な形で前向きな議論ができるということが肝心かなというふうに思いますので、そういう一つ一つの歩みの中で私本人もいろいろな手を尽くしていきたいなというふうに思います。市としても、今の市長さんの答弁にありましたとおり、これからもぜひご尽力をいただければというふうに思います。ありがとうございました。これで終わります。