幕別町議会 令和元年第2回定例会 2019年6月19日
重要な指摘をいただいた。そこで、元町議吉田菊太郎氏の考古館創設の志を
2019年6月19日、幕別町議会の一般質問で、藤原孟議員が「重要な指摘をいただいた。そこで、元町議吉田菊太郎氏の考古館創設の志を」について質問し、教育長 菅野勇次、生涯学習課長 石田晋一が答弁しました。
- 質問者
- 藤原孟 議員
- 答弁者
- 教育長 菅野勇次、生涯学習課長 石田晋一
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
質問 16番 藤原孟
通告に従いまして、質問いたします。考古館に近世の創作技法を代表し、アイヌの人々も宝物とした歴史的価値のある品を発見。2018 年7月 28 日、29 日、石川県輪島塗芸美術館館長と新潟上越教育大学大学院教育研究科准教授の2名の方が、学術調査のために来館された。調査終了時には、「大きな成果が得られた」という感触が伝わってきた。さらに、他の博物館にはない上質な漆器が多数存在するという、重要な指摘をいただいた。そこで、元町議吉田菊太郎氏の考古館創設の志を、幕別町の将来の発展に生かせることができないかという観点で、以下の質問をいたします。1点目、元徳島藩、蜂須賀家の家紋のついたナガモチの評価では、「外装の京都産の金具を見ることだけでも一見の価値がある」という高い評価が指摘されたが、その伝来の道や、その製作された年代や製法など、また金糸が用いられた絹布の内張りの使用部材等の詳細について、さらに調査すべきと考え、伺います。2点目、昨年夏に来館して調査してくれた2名の先生方に再度調査を依頼して、炭素年代測定法を含む公式調査報告をもらうべきと考え、伺います。また、必要な経費はクラウドファンディングの採用を行うべき。3点目、蝦夷文化考古館には、ポンクッという「女性用守りひも」が目立つ位置に展示されています。この展示の趣旨、意図は、吉田氏が伝えるアイヌ民族の心及びその精神性をあらわすものとして展示されているものと考えることができ、他では見ることができない貴重な展示となっていますが、何の説明もなく展示されていることを今後も続けるか、考えを伺います。4点目、平成5年2月に 65 点の展示品が盗難に遭いました。現状の考古館の管理状況では、資料目録と実際に存在する展示品との間に差異はないのか、伺います。また、「十勝アイヌの交易の場面が描かれた大津絵図掛け軸の原本は、札幌の大学が所蔵しているのでは」という情報を聞きましたが、その真偽について伺います。もし、所蔵している場合は、早々に返却を願うべきではないか。5点目、アイヌ新法が5月 24 日に施行された。アイヌ民族に対する理解への環境が大きく変わりました。今までの考古館のあり方も当然変化すべきであり、考古館の改修、トイレの早急なる改善、建築場所の選定、展示方法、観光資源としてふるさと館との関係などについて再検討すべきと考えますが、伺います。以上です。
答弁 教育長 菅野勇次(教育長は2024年3月まで)
藤原議員のご質問にお答えいたします。「考古館に近世の製作技法を代表し、アイヌの人々も宝物とした歴史的価値のある品を発見」についてであります。自然環境や歴史的背景の中で培われてきた歴史資料や文化財は、先人の暮らしや精神文化を知る歴史的・民族的な価値があるだけではなく、郷土への誇りや愛着を育てるための重要なふるさと資源であり、町民の共有財産、知的資源であります。郷土文化資料を適切かつ継続的に収集、整理、保存し、公開することは、将来の文化発展の基礎となるものであり、教育委員会の重要な責務であると認識をしているところであります。ご質問の1点目、「ナガモチでは高い評価が指摘されたが、詳細について、さらに調査する考えは」と2点目の「クラウドファンディングを活用し、炭素年代測定法を含む公式調査を依頼する考えは」につきましては、関連がありますので、あわせて答弁させていただきます。白人コタンのアイヌの指導者であった故吉田菊太郎氏が、アイヌ民族の先祖が残した収蔵品を陳列し保存するために建設した資料館を、昭和 41 年に町が寄附を受け、蝦夷文化考古館として管理運営しているところでありますが、これまでアイヌ文化遺産の継承に大きな役割を果たしてまいりました。平成に入ってから所蔵品の調査・研究にも着手し、考古館に所蔵されている生活用品や民族資料を全て調査した「吉田菊太郎資料目録Ⅰ」を平成4年に、文書資料、図書資料、写真資料を調査した「吉田菊太郎資料目録Ⅱ」を 10 年に、吉田菊太郎資料目録Ⅱの一部を活字化した「吉田菊太郎資料目録Ⅲ」を 26 年に、それぞれ幕別町教育委員会が発行いたしました。昨年7月に、石川県輪島漆芸美術館館長と新潟県上越教育大学大学院学校教育研究科准教授のお二人が蝦夷文化考古館を訪れ、郷土文化研究員及び考古館管理人の立ち会いのもと、2日間にわたり調査・研究が行われ、その内容ついて展示されている漆器の中に貴重と思われるものがある旨をお聞きしているところであります。過去に教育委員会が行った調査や発行した目録は、アイヌ自らが作成した民具、アイヌ固有の民具に主眼を置いたものであり、交易や労働の対価などによりアイヌの手に渡ったものと思われる漆器類については、第二義的なものであり、詳しい調査を行っていないのが現状であります。そうしたことから、今回ご指摘をいただいた漆器類のさらなる調査につきましては、今回の二人の先生方の再調査までは考えておりませんが、吉田菊太郎氏の遺志に沿い、貴重なアイヌ民具資料として後世に伝えるため、引き続き郷土文化研究員等により進めております所蔵品の把握や未整理資料の調査・研究とあわせて進めるとともに、道内の類似する施設や来年白老町にオープン予定の「国立アイヌ民族博物館」の情報収集等に努めてまいりたいと考えております。ご質問の3点目、「ポンクッについて、今後も説明がなく展示を続けるのか」についてであります。考古館の資料の展示方法については、通常は資料名を記載したプレートを添えて展示しておりますが、特徴的な資料に関しましては、説明文も入ったプレートを添えて展示を行っているところであります。今回指摘のありました「ポンクッ」については、簡単な説明文が入ったプレートを並べて展示している状況でありますが、アイヌ民族の精神性をあらわす貴重な展示品であり、今後その趣旨も含め、来館者の方により分かりやすい展示を心がけてまいりたいと考えております。ご質問の4点目、「平成5年に展示品の盗難があったが、資料目録と展示品に差異はないか、また、大津絵図掛け軸の原本は札幌の大学が所蔵しているのか、その場合は返却を願うべき」についてであります。はじめに、資料目録と実際に存在する展示品との差異についてであります。平成5年2月 16 日に考古館の展示品のうち、飾り刀の「エムシ」7点、首飾りの「タマサイ」2点など、合計 65 点の展示品が盗難に遭い、その後犯人は逮捕されたものの盗難された展示品の多くが第三者の手に渡っており、判明した9点を買い戻したところでありますが、盗難前に作成されました資料目録と実際に存在する展示品に、この分の差異が生じているところであります。次に、「大津絵図掛け軸」原本の所在についてでありますが、本掛け軸は過去に行いました調査において、幕末から明治初期の十勝川河口と十勝太を見下した風景を描いた作品であると思われ、今後、劣化が懸念されますことから、原本については教育委員会が保管し考古館に複製を展示しているものであります。ご質問の5点目、「考古館の改修、建築場所、展示方法、ふるさと館との関係など再検討する考えは」についてであります。考古館は昭和 34 年、ふるさと館は 45 年に建設されたものであり、それぞれ 60 年、49 年が経過しようとしており、考古館のトイレを含め両施設とも老朽化が進んでいるとともに、貴重な郷土文化資料の保存につきましても、今後、雨漏り等による資料の劣化が懸念されますことから、施設整備のあり方や資料の保存、展示方法等について検討を進める必要があると認識をいたしております。教育委員会では、これまでさまざまな角度から、そのあり方等について検討を進めてまいりましたが、より具体的な検討を行うため、平成 24 年6月に町文化財審議委員会に、町指定文化財の保管と活用について諮問し意見をいただいたところ、「両施設については、新設、改修等の早急な対応が必要」との答申があったところであります。この答申を踏まえ、「先人の遺産を後世に伝える」という基本理念を掲げ、その具現化のために「資料収集機能」「整理・保存機能」「公開・普及・教育連携機能」の目指すべき三つの機能を有する施設の整備方針として、「(仮称)幕別町郷土文化資料館整備等基本構想(案)」を作成し、平成 27年3月に町文化財審議委員会にお示しをし、ご意見をいただいたところであります。基本構想(案)では、新たな郷土文化資料館として、ふるさと館と考古館の機能をあわせた施設を新築し、建設位置につきましては、現考古館敷地としているところでありますが、ふるさと館を別の場所、考古館を現在の敷地で新築することもあわせて検討することといたしております。教育委員会といたしましては、現在、郷土文化研究員や郷土文化特別相談員の協力を得ながら、ふるさと館及び考古館の収蔵資料台帳と収蔵資料の確認作業等を進めており、これをもとに、新たな資料館のコンセプトや適正規模等を考慮した基本構想に向けて、アイヌ民族文化研究センターなどの専門機関から助言をいただきながら調査・研究を進めてまいりたいと考えております。以上で、藤原議員のご質問への答弁とさせていただきます。
再質問 16番 藤原孟
それでは、再質問をいたします。まず、幕別町と徳島県との関係、これは幕別町の百年史にも書かれているように、徳島県から明治25 年5月、徳島県の小松島から南海社が団体として初めて入植したと。南海社の社長は国安氏、副社長は大塚氏で、14 戸 124 名を大塚氏が引率して、大津を目指して出航したとあります。明治 29 年まで 112 戸が入植したとなっている。時代は異なりますが、蝦夷文化考古館に特殊な藩、蜂須賀家家紋入の収蔵名のナガモチがあるという、それが大切に保管されていたという、この偶然性に私は驚きを感じたということをまず前置きしまして、再質問いたします。収蔵ナンバー665 番、資料名「ナガモチ」、これは高さ 40 センチ、縦 64 センチ、横 48 センチで、上蓋がついており、足付きの箱形であり、内部は金糸を横に使った絹布の仕上げ、外部は京都産の金具が使ってあると。また、上蓋の縁には、金箔ではなく黄色い漆、これで縁止めをされていると。専門家から見て、超高級品。当時の大名か豪商しか持ち得ない逸品であるとのことであります。今の展示の状況では、それ自体の価値やアイヌの人々が大切に扱ったという記述自体が伝わってこないのでありますから、何らかの配慮が必要と思われますが、いかがでしょうか。
答弁 教育長 菅野勇次(教育長は2024年3月まで)
ただいまの藤原議員のお話でございますけれども、今回のお二人の先生方の調査において、そういったナガモチであるのではないかということで、我々も報告といいましょうか、お話を伺ってございます。そうした中で、今、現状としてできること、保存方法としてできることで、何ができるかということなのですけれども、施設自体が老朽化している施設であるということもございまして、なかなか現状でできることというのも限られているのですけれども、やはり日光が当たることによって劣化が激しくなるというようなこともございますので、まず早急にできることとしては、カーテンを設置いたしまして、遮光といいましょうか、紫外線を防ぐといったようなことをやったということなのですけれども。あと、例えば、展示に当たってケースを用意するとか、そういったことも検討はしているところなのですが、なかなか予算との絡みもあって、その面についてはまだ現実化していないというのが現状でございます。
再質問 16番 藤原孟
この収蔵ナンバー665、専門家によると、これはナガモチでなくて、カラビツでないかという言われ方がされました。その点、今後調査して改善するという考えはないのか、伺います。
答弁 教育長 菅野勇次(教育長は2024年3月まで)
先ほど、答弁の中でもお答えいたしましたとおり、現段階では、改めての再調査というところまでは考えていないのが現状でありまして、今後、考古館そのものも含めて、施設のあり方を検討している最中でございまして、観光面も含めまして、今後、施設整備を検討する中で、その再調査の、展示の方法だとか、そういったことも含めて検討する中で、再調査が必要だという判断に至った場合には、再調査もあり得るというふうには考えております。
再質問 16番 藤原孟
この一品だけでも、徳島との交流というのが企画できるのではないかと思っております。アイヌと和人とが仲よく交易、交流した時代を学んで、再び徳島人との交流、交易、それを進めるべきではないかと思いますが、いかがでしょうか。
答弁 教育長 菅野勇次(教育長は2024年3月まで)
繰り返しにはなるのですけれども、現段階では、改めての先生方の再調査までは考えてはいないのですけれども、北海道立博物館の中に、アイヌ民族文化研究センターという部署がございまして、その中には、アイヌ研究者の方も複数いらっしゃるというようなお話も聞いております。実はこれ、今回、ナウマン象化石骨発見 50 周年記念事業の関係で、北海道博物館ともお話し合いをする中で、アイヌ研究の方が複数いらっしゃるというようなお話も聞いて、今後そういったさまざまな連携もできるというようなお話もお伺いしておりますので、まずはお金をかけて再調査ということではなく、できる調査を、そういった機関等のお力添えもいただきながら進めていこうというふうに考えております。
再質問 16番 藤原孟
答弁のほうは2番目も一緒だったので、そちらに入りたいと思います。昨年夏、2名の先生が来られましたが、1名の方は、ことしの 2019 年3月 20 日に、「アイヌ漆器に関する学際的研究」という成果の本を出して、この先生は、蝦夷地における漆器の使用及び流通だとか、岩手県二戸市浄法寺の漆器の生産と流通など、北海道アイヌ人と東北の産地の研究には精通している方だと聞いております。また、輪島の美術館長は、2009 年に「漆の文化史」という本を出して、本当に漆の技術と文化、また「考古資料の修繕と文化財」など、そういう論文を出している大家の一人と言える先生である。このような2名の著名な専門家が当地の考古館を調査してくれた、その縁というものを私は続けるべきだと思っております。先ほど、調査費が出ましたけれども、町内の方で、クラウドファンディングでもいいし、ファンド形式でもいいから、私はもしこの調査を続けてくれるのであれば、1件 80 万円のお金は出しますよということも言ってくれております。きのう、内山議員が質問をして、町長が答弁をしましたけれども、多くの人々から共感を得られる事業を実施する、それであれば、活用してもいいのではないかと。私は、このアイヌと漆器との関係というのは、非常にこれから和人とアイヌの関係というところまでいくものだと思っております。アイヌにおける漆器の問題を検討するということは、いわゆる、同じ列島で歴史を歩んできた我々とアイヌ民族、これが歴史は共有できるものがたくさんあるはずです。それをこの二つの関係史をやっぱり学んで、そうしていくためには、ぜひ漆器の研究も進めなければならないのだと思っておりますが、まずは費用の件でありますが、町民の方からそういう申し出がありますので、ぜひ活用できるような検討ができないか伺います。
答弁 教育長 菅野勇次(教育長は2024年3月まで)
先ほども申し上げましたけれども、再調査の必要性があるというふうな判断に至った場合につきましては、今、議員からもお話ありましたようにクラウドファンディング、広く賛同を得られるかどうかというような課題もございますけれども、財源調達の手法の一つとして、選択肢の一つとしては、あり得るかということで検討をしてまいりたいなというふうには思っております。それと、お二人の先生方とのつながりといいましょうか、関係については、何らかの形でこちらからご連絡を差し上げるなり、つないでいくようなことで考えてまいりたいというふうに思っております。
再質問 16番 藤原孟
腰が重いようですので、次の3番目に入っています。3番目、収蔵ナンバー508「ポンクッ」、これは「ラウンクッ」とか、また「メノコオプソ」などという、そういう言われ方もしているようですが、イギリスの学者・医師であるニール・ゴードン・マンロー氏が女性を診察した際に、この腰紐といいますか、それを身につけていたと。それで、これは一体何だろうかということから、一種の貞操帯で、このひもの長さ、約 4.5 メートルあるそうですね。強い貞操観念を持たせるもので、これをつけていない女性は、神様から見ると、裸同然だといういわれもあるそうです。我が町の考古館の説明書には、確かにこのように書いてあります。「女性が腰に巻いていたもの。イラクサやツルベモドキなどで製作され、男性には見せるものではないとされていた。女性が亡くなると、必ず副葬品として一緒に埋葬され、忘れたりすると、先祖のもとには行けないと言われた」そういう書き出しになっております。それがなぜこの蝦夷文化考古館に収蔵されていたのか、非常に私も疑問に思いましたが、このポンクッ自体、アイヌ民族のその性生活において、いかに厳しい掟を持っていたかということを示したかったのではないかと、そのことを思って吉田氏は幕別の蝦夷文化考古館に収蔵したのではないかと思っております。ぜひ、アイヌ民族のそういう心、精神的なそういう説明もつけ加えて展示できないかという、その研究もしていただきたいと思いますが、いかがでしょうか。
答弁 生涯学習課長 石田晋一(生涯学習課長は2024年6月まで)
今、藤原議員のほうからお話あったとおり、僕もこの部署に来まして、ポンクッについていろいろ調べてみました。すると、本当になぜここに残っているのかというところは、死ぬときに副葬品として一緒に埋葬するというふうになっていましたから、残ることはないのですね。百年記念館のほうにも出向きまして、いろいろ調査しました。そうすると、多分、吉田菊太郎さんが後世に残そうと思って、あえて所蔵したのではないかというのですね。そのものを見ますと、かなり黒くすすけていると。チセで、天井の高いところに置いて、しばらく保存していてああいう色になったのではないかというんですね。だから、自分がそういった展示する場所を建てたときに、それまで大事にとっていたものだというのが伝わってきますというふうな話をいただきました。こちらとしても、その話を聞きまして、相当たる思いであの考古館を残されたのかというふうに思っているところであります。私が見ました展示の説明につきましても、若干足りない部分があって、精神性まで理解できる内容ではありませんでしたので、その点もつけ加えて、いろんな方々にお力添えいただきながら、内容を精査して、分かりやすい展示を心がけていきたいなというふうに考えております。以上です。
再質問 16番 藤原孟
非常に本当に前向きな、もう驚くような答弁が返ってきましたけれども、本当に勉強して頑張っていただきたい、そう思います。それでは、4番目に入ります。平成5年の盗難、65 点の盗難がありました。私が一番気になりますのは、パスイについてのことであります。収蔵番号 542 から、資料目録の写真によりますと、29 本あると聞いております。これは、ふるさと館には6本、それから現在の考古館には9本、合計 15 本があります。29 引く 15 は 14 本、これが盗難のときに失ったのか、警察の調書にはそこまで書いていないのかどうか分かりませんけれども、もしなくなっているのであれば、やはり収蔵番号から削除するなり、新たな調書というのはつくる必要があるのではないかと思いますが、いかがでしょうか。
答弁 生涯学習課長 石田晋一(生涯学習課長は2024年6月まで)
今のご質問にありましたパスイの関係でありますが、盗難に遭った際、全部で 65 点盗難に遭いましたけれども、このパスイに関しては 29 本所蔵しているうち、28 本盗難に遭っています。その後、買い戻した9点の中に、4点ほど買い戻せましたので、もともとあった 29、盗まれた 28 で、1本しか残っていなかったところ、買い戻した4本を足して5本所蔵していることにはなるのですね。でも、実際、現場のほうでは、最近は数を確認したり調査をちょっとしていませんでした。ほかの展示品の関係もあって、先ほど議員のほうからおっしゃられました、資料名、和名が若干違っているのではないかというお話もいただきましたので、この点は引き続き、今行っています調査に合わせて確認していきたいなというふうに思っております。以上です。
再質問 16番 藤原孟
大事なパスイとか、そういうものが、やはりしっかり数字が一致しているべきだと私は思う。また、大津絵図であります、この掛け軸の原本につきまして、私が聞いた情報は、原本は札幌のとある大学にあるということである。答弁は図書館にあると。この問題、これ以上追及すると、お互いとんでもないことが起きるのではないかと私は思いますけれども、原本がどこにあるかは別にしましても、やはりそういう話が出るということ自体、教育委員会の管理体制がやはり甘いのだろう、それに尽きるのだと思います。特にこの大津絵図、これ因縁はめぐると言いますけれども、実は当時の教育長、今の町長ですよね、資料目録パートⅢをつくったとき、当時の教育長が発刊の言葉として述べておりますよね。「考古館は町の誇るアイヌ文化の拠点である。アイヌ民族の文化が失われるということを憂いた吉田菊太郎氏の資料館づくりに対して、アイヌ民族の心のよりどころにしようとした。それが蝦夷考古館である」。アイヌ民族の民具が後世に伝えられるように、当時の教育長としては、大津絵図含めて、かなりの思いがあったのだと思いますが、残念ながら、あれから考古館の整備一つも進んでない。また答弁は昨年 12 月に同僚議員の小島議員が質問した、そこから一向に進んでおりません。本当に熱意あることで、吉田菊太郎さんの思いを伝えようという気持ちがあるのか、私は疑問に思いますが、そこの点についていかがでしょう。
答弁 教育長 菅野勇次(教育長は2024年3月まで)
まず、大津絵図、掛け図の関係でございますけれども、これについては、先ほどご答弁申し上げましたように、教育委員会が原本を保管しているということでございますので、関係者の理解も含めて、今後とも十分管理をしてまいりたいというふうに思っております。それと、故吉田菊太郎氏の遺志を十分に尊重して、施設整備等も含めて、さらに進めていったほうがいいのではないかというような、藤原議員のご意見だというふうに思っております。確かにそのとおりでございまして、貴重なアイヌ文化の資料を後世に残すということは、非常に大切なことであるというふうに我々も認識をしておりますし、故吉田菊太郎氏の遺志を尊重するという意味合いもございますので、今後、これ現在としては、収蔵資料の整理・確認を行っている段階でございますので、その後において基本構想を策定した上で、具体的な施設整備の計画を立てて、施設整備に入っていくという流れにはなってくるかと思います。この段階で、いつということは申し上げられませんけれども、年数は多少お時間はかかるかなというふうには考えておりますけれども、なるべく早い段階で方向性をお示しできるように努めてまいりたいというふうに思っております。
再質問 16番 藤原孟
教育長の答弁、私の質問の5番目にも関わったと思いますが、それでは現状で伺いますが、トイレの件であります。本当にもう臭い、汚い、誰があれを利用してくれる人がいるのか。最近、汲み取りはしたのか、清掃をしたのか、便槽の水洗いはしたのか、そういう実績はあるのか、小さな話ですが、そこを伺いたいと思います。
答弁 生涯学習課長 石田晋一(生涯学習課長は2024年6月まで)
便槽の汲み取りにつきましては、昨年の4月に行っております。便槽の中まで洗浄はしておりませんが、状況を見ながら、その都度、汲んでいきたいというふうには認識はしております。私もここに配属になって、考古館のほうにご挨拶にお伺いしたときに、かねてからちょっと気になっていたトイレをのぞいてみたのですけれども、男性用のほうであれば、ちょっとできるかなと思ったのですけれども、女性が使うほうには、おっしゃるとおりちょっとにおいも気になるところありましたし、ここで来客された方がするのはちょっと厳しい部分もあるのかなというふうに思いました。できるところからちょっと進めたいなと思うのですけれども、まずにおいは、中のほうで軽減させていきたいなというふうには考えております。あと、見た感じもちょっと、何ていうんですかね、清潔感がちょっとないような感じもありますので、そういったところも少しずつ改善して、皆さんが気持ちよく使っていただければなというようなことを考えて、対応していきたいというふうに思っております。以上です。
再質問 16番 藤原孟
ぜひ本当にトイレの改修、簡易トイレでもいいですから、やっていただきたい。そうしないと、やはり多くのこれから来てもらえる人たちに対して、それはあまりにも失礼かなと私は思います。また、管理人の方も、トイレを借りたいと言ったら、本当に恐縮して現状を説明して利用してもらっているということのようですよ。それでは、建物のことだとか、全体のことでありますが、5番目の質問の、平成 24 年、27 年が、郷土資料館のあり方だとか、いろいろ基本計画、そういうものを立てております。現在、資料の整理だとか、そういうことを策定して、基本構想をこれから入るということでありますが、ことし出ました3か年の事業計画には、考古館の内容については一つも出ておりません。ということは、まず3年間はないのだろうと。その後、いろんな情報だとか、コンセプトだとか考えて、考古館のあり方が出てくるとなると、5年以内に着工なんていうことは、なかなか厳しいのだなと思います。完成に7年も8年もかかるのかなと。本当にそんな状況で、吉田菊太郎さんの思いだとか、アイヌ民族との交流だとか、そういうものがなし得るのかなと思いますが、七、八年の私の勝手な事業計画はもっと縮まるということは、教育長として考えているのか、いかがでしょう。
答弁 教育長 菅野勇次(教育長は2024年3月まで)
先ほど申し上げたことをちょっと繰り返しになるかもしれませんけれども、今後、基本構想を策定して、そうした上で方向性を確定していきながら、施設整備に入っていくというような流れになろうかと思いますけれども、施設整備に当たりましては、現在、教育委員会が所管するほかの公共施設、学校あるいはプールですとか、そういったようなほかの施設もございます。そういった全体の施設整備の関係もございますので、そういったことを総合的に勘案しながら進めていかなければならないというふうに思っております。そうしたことから、現時点では、先ほども申し上げましたけれども、いつごろということは申し上げられませんけれども、なるべく早い段階で方向性を出してまいりたいというふうに考えております。
再質問 16番 藤原孟
最後に一言だけ。未来に向かって蝦夷文化考古館の果たすべき役割といたしまして、収蔵品は地域の民芸品だけではなく、吉田菊太郎さんは全道各地のアイヌ民族が使っていた器や、高級製品を収蔵してまいりました。興味本位の観光客相手の展示でなく、今日の日本は、プラスチックや発泡スチロール容器であふれ、あすも環境問題ということで質問に立つ同僚議員の解決策の一つになる得るものが、この漆だと思っています。天然の高分子である漆器、また廃棄のときにも害を出さないという環境に優しいもの。日本人の多くは、漆工芸のすばらしさを忘れてしまったのではないかと思っております。ぜひ、蝦夷文化考古館に来られまして、本物の漆器と触れて感動する場になったら、私は非常にうれしいと思っております。ぜひ、再び漆の感覚、これを日本人の手に取り戻す考古館にすべきだということを訴えまして、終わりたいと思います。