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古平町議会 令和4年第4回定例会 2022年12月13日

墓地内にある無縁塔について

2022年12月13日、古平町議会の一般質問で、真貝政昭議員が「墓地内にある無縁塔について」質問し、町長 成田昭彦、教育長 三浦史洋が答弁しました。

質問者
真貝政昭 議員
答弁者
町長 成田昭彦、教育長 三浦史洋

議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。

質問 3番 真貝政昭

最後に、墓地内にある無縁塔についてです。かなり以前から無縁塔と書いているけれども、誰の所有なのかということを疑問に思っていました。時期になりますと、花だとかいろいろと飾られてお参りしている方がいらっしゃるということなのですけれども、私も割と無神論者なものですから、あそこの場所を歩いて通ることも少ないものですから、我が家の墓地の位置に関係してなかなか思い至らなかったのですけれども、調べてみたら明治32年建設で、皇紀2,600年を記念して古平町の仏教会の連合会が建設したというふうに刻まれていました。材料は誰々、石工さんが誰々という銘も入っていました。無縁塔ですから、縁のない方々で、名前もどこかに記載されているということではないように思いました。しかし、町史を調べましたら、名前がある方といいますか、後に名前が分かった方も含めて、終戦直前の7月15日のアメリカ軍の攻撃で鉱石積みの船が沈没させられて、名前も古平町内5人の名前が分かっていて、それから会社のほうで名前が分かっている方が確認されて、そのときに21名の方が亡くなったそうです。それで、2名の方が行方不明ということでなっていたのです。それで、戦前のことですから、ここにそのときの犠牲者が誰かいて葬られたかというのは、当時ですから、いろんな重要書類が政府等の指示で破棄された時代なので、町のほうでも分からないということでした。それで、町史編さん室で町史を調べましたら、戦後昭和二十何年でしたか、2か年にわたってこの船の引揚げと解体がされたそうです。そのときに2名の遺体が出てきて、火葬してこの無縁塔に葬ったという記述がありました。だから、仏教会の連合会は、もう解散してありませんけれども、結局責任者がいなくなった状態なのですけれども、戦前のあの記録といいますか、記憶といいますか、この中に眠っているということが分かりました。それで、私時々NHKの「持論公論」見るのですけれども、全国各地でこの戦争の記録といいますか、記念の碑だとか、そういうものが次から次と解体されてなくなっているという時代なのです。これを何とか記憶として残す方法はないかということで、その解説員が語っていたのはその地域の重要文化財にして、そして記憶を残すと、そういう提案をされていました。私は、これに賛同しまして、古平町でもこういう方向で何らかの方策が取れないかと思って今回の一般質問に上げた次第です。どうでしょうか。

答弁 町長 成田昭彦

真貝議員の墓地内の無縁塔についてご答弁申し上げます。町の文化財にしてはどうかという意見につきましては、教育長のほうから答弁いたします。町営墓地内には、真貝議員今おっしゃったように昭和20年の7月15日、古平漁港にいた射水丸がマンガン鉱石積んでいくのに砲撃されて21名が亡くなったという話は私も聞いております。その辺までは、町史に載っていると思いますけれども、ただそれが今の無縁仏にどういう形で入っているのかはちょっと私も知りませんでしたけれども、それは別といたしまして、町営墓地内には無縁仏の墓や塔がまだほかにもあります。墓地内の草刈り、それから近辺の環境整備等は、個別の管理については町が関わることは考えておりません。あの辺一帯草刈りは、私どもの墓地一帯やりますので、そのときに無縁仏のところは草刈り等をして、そういった環境管理はしてございますので、町でできることといえばそれくらいのこと、ちょうどあそこ私の墓からも近いものですから、よく見て歩くのですけれども、確かにお参りしていますけれども、お参りしている人はあまり関係ない人がお参りして供え物しているみたいですけれども、そういったことで私どもができるのはそういった環境整備くらいかなというふうに思っております。

答弁 教育長 三浦史洋

ご質問の中で町の文化財にしてはどうかということでございますので、その部分で考えてみています。文化財の定義につきましては、町の条例、文化財保護条例ではこのようになっております。町にとって歴史上または学術上価値の高いものと規定がございます。その部分で今回の部分、今お話聞いていてもう少し詳しく分かったのですけれども、以前の答弁考えたときには墓地内の無縁塔については今の定義には当てはまりづらい、当てはまらないだろうと考えて判断しております。

質問 3番 真貝政昭

町がこういう代物に積極的に関われるかどうかというのは、また別な問題で、町の文化財に指定しているものに琴平神社境内内にある鎮魂歌碑、これも文化財にしているのです。それから、港町にあるシコロの碑、沖合で出羽丸が遭難して、そしてシコロの木からロープで人命救助に当たったということで、その碑も文化財にしているのです。だから、戦争の記憶といいますか、この無縁塔の中には明らかに歴史的なものを見いだすことができるのではないかと。何も町の財産にしろというわけではないです。もう財産管理する人はいませんけれども、歴史の記憶としてやはり重要だというふうに考えるべきだと思います。この中には、朝鮮人もいるみたいです。だから、戦争の記憶を次世代に伝えていくためにもきちんとした対応を取ったほうがいいのではないかというふうに思うのです。私今回の一般質問でこれを取り上げてお盆のときにはお花や線香、ろうそくも上げてお参りしたいなと思っているのです。古平に全く関わりのない方、前任者言いましたけれども、前々任者なんかもすごく情が厚くてお亡くなりになったときには必ずお参りをしてという、そういうことを繰り返してきた町です。非常に情が厚いと、そういうのも考えますとむげにできない無縁塔だというふうに私は思っているのです。町条例が適用できないというのであれば、ちょっと変える必要もあるのではないかというふうに考えているのですけれども、どうですか。

答弁 教育長 三浦史洋

ご質問の部分で前段のシコロの碑の部分は、吉田一穂の部分では詩歌の魚歌と鎮魂歌と白鳥古丹ですか、が7つの中に入っております。本題の部分で、この部分につきましてはまず真貝議員のご意見としてきちんと重く受け止めておきます。あとは、検討なりをしていかなければならないのですけれども、今のご質問の中での情報でいけるというのをすぐ判断できませんので、今後もう少し詳しく我々も実際に行って、今雪あれだけれども、ちょっと時間かかりますけれども、勉強させていただいて何らかの判断をしていかなければならないかと、それは議員さんにでも何か報告なりでもしなければならないかなと、時間はかかると思いますけれども、考えたいと思います。

質問 3番 真貝政昭

初めての質問なので、それで結構だと思います。よろしくお願いします。

出典:古平町議会 令和4年第4回定例会 2022年12月13日 議事録 PDF(66ページ) 間違いを知らせる