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深川市議会 令和5年第1回定例会 2023年3月3日

戦時中の深川市における朝鮮人労働者とタコ部屋労働者

2023年3月3日、深川市議会の一般質問で、北名照美議員が「戦時中の深川市における朝鮮人労働者とタコ部屋労働者」について質問し、企画総務部長 佐藤秀樹、教育部長 荒井幸治が答弁しました。

質問者
北名照美 議員
答弁者
企画総務部長 佐藤秀樹、教育部長 荒井幸治

議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。

質問 14番 北名照美

次に行きます。これは初めて言うことなのですが、戦時中の深川市における朝鮮人労働者とタコ部屋労働者について。1点目、当時、戦時中、朝鮮半島から強制連行され、筆舌に尽くせぬ酷使、苦役を強いられた朝鮮人労働者の実態をどのように把握し、対応しているか。2点目、同じく筆舌に尽くせぬ酷使、苦役を強いられたタコ部屋労働者の実態をどのように把握しているか。3点目、当時の実態は、市史に反映されているか。反映されることが重要ではないか。4点目、市民はもとより、子供たちに当時の実態を教え伝えることが必要ではないか。

答弁 企画総務部長 佐藤秀樹

戦時中の深川市における朝鮮人労働者とタコ部屋労働者について、4点質問いただきましたが、私からは1点目から3点目について関連がありますので、一括してお答えさせていただきます。朝鮮人労働者及びタコ部屋労働者につきましては、新深川市史の第6編、保健衛生と福祉の第3章、労働、第1節、昔の労働の中において、約3ページにわたり記載がされている土工部屋の項目で触れられており、それぞれの労働者の状況について確認できる資料は、現時点では市史だけのため、市史に記載されている範囲での把握となるものであります。土工部屋制度につきましては、苛酷な労働者に対する非難の声の高まりで配置された囚人労働に代わる労働制度でしたが、実態は、依然として囚人労働と変わらないくらい苛酷で、非人道的な強制労働を計画的に行っており、監獄部屋やタコ部屋と言われていた旨が記載されております。深川市においても、官設鉄道上川線、今の函館本線の鉄道敷設工事や深川土功かんがい溝工事など、明治から大正にかけて始められた六つの工事で土工部屋が設けられていたほか、かんがい溝工事とともに進められた増電工事でも、各所に土工部屋が設けられていた旨が記載されております。朝鮮人労働者については、土工部屋制度は、太平洋戦争の段階に入ると、朝鮮人労働者の強制徴用と労働に発展しという一文が記載されておりますが、市史においてもそれ以上の記載がなく、詳しい実態については把握することが難しい状況で、特段の対応は行っていないものでございます。

答弁 教育部長 荒井幸治(教育部長は2023年3月まで)

私からは、質問の4点目の深川における朝鮮人労働者とタコ部屋労働者に関しまして、市民はもとより子供たちに教え、伝えることの必要性についてという質問にお答えさせていただきます。今ほど企画総務部長からの答弁にありましたとおり、朝鮮人労働者やタコ部屋労働者に関しましては、市史に記載されていること以上、詳しい実態を把握することが難しい状況でございます。また、これまで市民からの問合せや学習機会の要望といったこともございませんので、学習の場の設定や周知といったことにつきましては、現時点においては考えていないところでございます。

再質問 14番 北名照美

再質問します。ここに強制連行されて、北海道で塗炭の苦しみを強いられた1人の朝鮮人の人生を書いた1冊の本があります。1982年、昭和57年に発行されたはるかなる海峡、副題は蔡晩鎮物語となっております。この方は、多度志一乗寺住職の殿平善彦さん、あるいは金光教北海深川教会の会長星野孟さんたちと一緒になって、空知民衆史講座という運動に参加しました。この本の中の172ページと173ページにあるのですが、多度志町鷹泊の町に帝国砂白金という会社が軍の指定ででき、徴用をはじめ勤報隊、挺身隊などの日本人600人と徴用朝鮮人1,400人が動員され、1,000人の大隊をさらに13の小隊に分けていたが、そのほかに菅原組のタコ労働者百数十人が投入されていたと書かれております。これは蔡晩鎮さんが語った話です。また、殿平さんや星野さんたちの活動の中で、遺骨の声に応えるという冊子を出していて、その中に次のように書かれております。48ページにあるのですが、鷹泊竜水共同墓地に、戦時下の帝国砂白金株式会社による朝鮮人強制連行犠牲者2人、タコ部屋労働犠牲者2人が埋葬、1978年、昭和53年8月に2体を発掘、2体が残されている可能性ありと書かれています。昭和50年9月発行の入志別小学校の70周年記念誌には、61ページにタコ部屋の印象と、藤沢三郎さんの言葉が出て、62ページには、朝鮮人による造田工事、山口末吉さんの言葉が出ています。さらに49ページでは、長谷渡船(アイヌ渡船)と氷橋について沖原覚さんがしゃべっている。こうした文書は、市として押さえておく必要があるのではないか。殿平さんや星野さんたちとのつながりも、もっと深めるというか、郷土史を掘るという意味でつながって、そこから教えてもらうことや学ぶこともあるし、これは行政としてやっていかないと残らないとは言わないけれども、行政としてやる必要があるのではないかと私は思うのですが、お答えいただきたい。

答弁 企画総務部長 佐藤秀樹

再質問いただきました。今、議員から、この朝鮮人労働者、またタコ部屋労働者のそれぞれの文献等があるということはお聞きいたしましたので、郷土資料の収集等にどのように活用できるかということも含めまして、教育委員会といろいろ相談しながら、今後、研究させていただきたいと思います。

再質問 14番 北名照美

よろしくお願いします。

出典:深川市議会 令和5年第1回定例会 2023年3月3日 議事録 PDF(1ページ) 間違いを知らせる