深川市議会 令和4年第3回定例会 2022年9月8日
北海道の先住民族アイヌ
2022年9月8日、深川市議会の一般質問で、北名照美議員が「北海道の先住民族アイヌ」について質問し、教育部長 荒井幸治、企画総務部長 佐藤秀樹が答弁しました。
- 質問者
- 北名照美 議員
- 答弁者
- 教育部長 荒井幸治、企画総務部長 佐藤秀樹
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
質問 14番 北名照美
次は、北海道の先住民族アイヌのことについてお尋ねします。今年は、アイヌ神謡集を書いた旭川近文アイヌの天才的な少女、知里幸恵の没後100年であります。この神謡集の書き出しは「銀の滴降る降るまわりに、金の滴降る降るまわりに」とあり、続いて「その昔、この広い北海道は私たちの先祖の自由の大地でありました」と書かれています。深川の歴史を書いた深川市史と新深川市史の2冊の中にも、前段にアイヌのことが随分いろいろな形で挟まって記述されております。私自身、かつて深川のアイヌ語地名のことをこの場所で言って、当時の所管の方たちが努力して、カラーできれいな深川のアイヌ語地名を出してくれました。私は、パネルにして、どこかに看板をつくったらいいと言ったのですが、お金がないからパネルあるいは冊子にするということで、今、手にしておりますけれども、あのときこれをつくっておいてよかったと思います。これは地名のことだけれども、それで1点目は深川でアイヌの方たちがどういう形で暮らしていたのかなどをまとめたパンフレットを、この機会につくってほしいと思って質問します。例えば、石狩川の一已側と音江側にアイヌ渡船があったとか、あるいは私が幼い頃は、緑町の奥のほうに数戸のアイヌの家族が住んでいたとか、深川の中にもそういうことがたくさんあります。それから、この市史に書いてあるのですが、一已のエカシ、酋長の孫に当たるキナラブックという人は、隣町の雨竜町で育ち、やがて旭川の近文に嫁ぎ、後にユーカラ伝承者として旭川市無形文化財に指定されたとも書いてあります。いろいろなことがあると思いますが、ぜひこの機会に、所管の方たちは若く能力があり、努力しているので、深川のアイヌについてのパンフレットをつくってほしいと思います。それから、2点目、これまでも言ってきましたけれども、とにかく明治政府であり、北海道開拓庁というか、そういうところがアイヌの権利を奪ったり、差別したり、偏見を持ったりしてきた歴史があります。それから道民の先祖、我々の側からも私は謝罪すべきだと、国や北海道はしていないと思うのです。やはりそれは変だと僕は思うのだけれども、深川市としてそういう表明が必要なのではないか。それから、3点目、アイヌ民族に敬意を払い、共生の意思を表すモニュメントを建立すべきではないかという具合に思いますが、考えを聞きたいと。4点目、アイヌ民族の遺骨が盗掘されたのです。墓から持っていって標本にしたり、骨格を調べたり、外国にまで渡っている。日本の大学にも随分あるという歴史があって、盗んだ墓に返せというアイヌの人たちの運動の声もあり、一部返したとかいろいろあるのだけれども、これについても返還することを深川市の行政としても表明するべきではないのか。今、開基何年とか、開村何年とか大事なことをやろうとしているけれども、ここに思いをはせるような深川市であってほしいという立場から、以上、質問いたします。
答弁 教育部長 荒井幸治(教育部長は2023年3月まで)
北海道の先住民族アイヌについての質問のうち、私からは1点目の本市におけるアイヌ民族の実態について、過去から現代に至る状況をパンフレットにしておくことが重要でないかという質問にお答えさせていただきます。アイヌに関しましては、北海道が平成29年に行いましたアイヌ生活実態調査におきまして、アイヌの方々の全数など正確な実態などは把握できないとの報告がされておりますし、北海道アイヌ協会のホームページにも、多くの歴史資料や記録に基づく総合的な編さんがなされているものはないと記述があるとおり、アイヌの方々に関する正確な資料は大変乏しいというのが実態でございます。また、本市におきましては、平成6年に編さんされております新深川市史に、アイヌに関する記述がございまして、明治20年の国の調査によりまして、当時の一部地域にありました戸数や人数などの記載、また、砦や城を意味しますチャシと呼ばれる遺跡も多く見つかっていることのほか、コタンには独自の風習や習慣があったのではないかとされておりますけれども、新深川市史が編さんされた時点において、それを確かめるすべはありませんと記載されておりまして、新深川市史に記載されている以外に本市における詳細なアイヌの人々の営みを知る手がかりとなるものを把握することは大変難しいと考えております。議員からは、深川市におけるアイヌ民族についてパンフレットにしてまとめてはどうかという御提案をいただきました。新深川市史の内容を要約する形になるとは思いますけれども、郷土資料館展示資料などと併せまして、歴史を学ぶ教材としての活用方法などにつきましては、今後研究してまいりたいと考えているところでございます。
答弁 企画総務部長 佐藤秀樹
北海道の先住民族アイヌについての質問の2点目から4点目について、私からお答えさせていただきます。質問の2点目、差別・偏見の歴史に対する国の態度と、深川市としての謝罪の表明につきましては、アイヌの人々については、明治以降、北海道旧土人保護法等による同化政策により、同じ国民でありながら支配される立場に追い込まれてきたことや、当時の大学の研究者等により、アイヌの人々の意に反して、御遺骨や副葬品を墓地から発掘されるなど、様々な苦難の歴史があったものと受け止めております。こうした背景を踏まえ、政府は平成31年に、アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律、いわゆるアイヌ新法を成立し、令和2年に民族共生象徴空間ウポポイをオープンさせるなど、アイヌの人々や文化への理解を深め、民族の誇りが尊重される社会に向けた取組を行っております。また、北海道においても、令和元年10月にアイヌ新法の規定に基づく北海道におけるアイヌ施策を推進するための方針を、また、3年3月に北海道アイヌ政策推進方策を策定し、アイヌ文化の振興、生活の向上、観光振興など、総合的にアイヌ政策を推進しております。近年以降、アイヌの人々は土地や言語を奪われ、現代では考えられない差別や偏見を受けたと認識しておりますし、さきのアイヌ新法の国会審議においても、過去の国策に対し、政府に謝罪を求める質疑があったことや、アイヌの人々が苦難を受けたという歴史的事実を厳粛に受け止め、アイヌの人々の自主性を尊重し、その意向が十分反映されるよう努めることなどを政府に求める附帯決議も可決されております。そうした経過もありますので、謝罪ということにつきましては、これは国が判断すべきものでありまして、深川市としましては、これは謝罪する立場にないと考えているところでございます。次に、3点目のモニュメントの建立についてでありますが、政府はアイヌ文化の振興・発展の拠点として、また、先住民族の尊厳を尊重し、差別のない多様で豊かな文化を持つ活力ある社会を築いていくための象徴として、白老町に民族共生象徴空間ウポポイを設置しており、令和2年の開業以来、年間26万人が訪れ、アイヌの歴史や文化への理解を深められていることもありますので、本市において、モニュメントなどを建立することについては、現在のところ考えてはおりませんけれども、アイヌの人々が民族として誇りを持って生活することができ、その誇りが尊重され、全ての人が互いに人格と個性を認め合いながら共生する社会の実現を目指していくことは、大変重要なことであると考えているところであります。次に、4点目、御遺骨の返還と反省を求めて、市が表明すべきとの質問でございますが、市としてはそのような表明をすることは考えておりませんけれども、アイヌの人々の意に反して、墓地から御遺骨や副葬品などが発掘されたことは、御遺族の心情に鑑みますと、大変胸が痛むものでありまして、御遺骨が御遺族のもとに早期に返還され、アイヌの人々の精神文化が尊重され、尊厳ある慰霊が着実に進むよう、国や北海道の動向を見守ってまいりたいと考えております。
再質問 14番 北名照美
これは再質問します。古い市史ができたとき、僕は市議会議員でした。当時の真鍋市長は、前半に昔のことが書いてあり、このようなものはないと誇らしげに言っていたのを記憶しています。それから、池田輝海さんが市史編さんの責任者で室長だったけれども、その方とも話していろいろ教えてもらったと思うのです。それで、市史からだけではなくて、教育部長が研究すると、ちょっと前向きと受け止めたけれども、学校の何十周年記念誌だとか、それから、いろいろアンテナを張れば、まだまだ市史には書き切れなかったことや何かもあるし、大事なことがあるのです。だから、そういうのにもアンテナを張ってキャッチして、そして、もうだんだんと年数がたてばたつほど分からなくなっていくから、今がチャンス、ラストチャンスと言っていいのではないか。ですので、ひとつ汗を流して、それはぜひやってほしいということで、もう一回答えてほしい。それから、佐藤企画総務部長が謝罪する立場にないと言ったことは引っかかります。国がやるべきだと、そこまではいいです。だから、ちょっと立場にないと言ってしまうのは、北海道でしょう、深川市でしょう、アイヌの人たちのことでしょう。やはり言い切るのはまずいのではないかと思うので、もう一回答えが欲しい。
答弁 教育部長 荒井幸治(教育部長は2023年3月まで)
再質問にお答えします。新深川市史の編さんに当たりましては、議員がおっしゃっておりました各学校の記念誌など、多方面にわたる参考資料を活用されてございます。ありとあらゆる情報が集められたとは考えておりますけれども、今後、参考教材として資料を作成する段階になりましたら、ただいまの御提言も参考に研究したいと考えております。
答弁 企画総務部長 佐藤秀樹
北名議員からの再質問にお答えさせていただきます。私からの謝罪の関係の答弁で、市がその立場ではないという表現について、どうかということでございますが、我々やはり行政としてどう対応するかといった場合、深川市を前面に出して、なぜ謝罪かということは問われると思います。そういう意味で、当事者でないという部分もございます。ただ、北名議員の思い、そういう気持ちはある程度、我々も受け止めてはおりますので、謝罪ということでなく、我々としては、歴史は歴史と受け止め、未来に向かってアイヌの方々が差別や偏見のない、そして民族の誇りが尊重できる社会を実現させると、そのような社会を目指すという立場で対応していきたいと考えております。