みんなの議会

美唄市議会 平成20年第1回定例会 2008年3月10日

(1)教育行政執行方針について/(2)2月27日付教職員懲戒処分について/(3)卒業式・入学式について

2008年3月10日、美唄市議会の一般質問で、米田良克議員が「教育行政執行方針について」「2月27日付教職員懲戒処分について」「卒業式・入学式について」について質問し、教育長 村上忠雄が答弁しました。

質問者
米田良克 議員
答弁者
教育長 村上忠雄

議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。

質問 8番 米田良克

2008年第1回定例会にあたり、私は大綱3点について教育長に質問をいたします。その1点目は、教育行政執行方針についてであります。議会初日に教育長から平成20年度教育行政執行方針が発表になりました。これをお聞きいたしまして、お尋ねしたいことはたくさんあるんですけれども、とりあえず9点に絞ってお聞きをしたいというふうに思います。「はじめに」の部分で、教育基本法の改正にまず触れられて、それを受けて6月に教育3法の改正が行われ、新しい時代に対応した教育の改革が進められているというふうに述べられております。ひとつはこの教育3法の改正内容について、それとどんな意図を持って改正がなされたものであるかということをお聞きしたい、そして、新しい時代に対応した教育を求める改革、その辺の教育3法の改正と改革との関わりですね、これらについてお尋ねをしたいということです。2つ目は、幼稚園教育の中で、「小中学校や家庭、地域との連携を一層深め、幼稚園教育の充実に努めたい。」とあります。これは、昨年の執行方針では、「小中学校や地域との交流などにより幼稚園教育の充実に努めたい。」とあるわけですね。今年は、ことさらにですね、連携を一層深めるというふうに、書かれたその意図はどの辺にあるのかということをお尋ねしたいということです。次に、3つ目は、小中学校教育でありますが、ここでは、「児童生徒が時代の変化に主体的、創造的に対応するため引き続き生きる力を育む教育を推進する」とあります。その時代の変化に主体的・創造的に対応するということなんですけれども、これはなかなか難しい問題ではないかということですね。最初にお尋ねをした、教育3法との関わりで新しい時代というものを受けての改革をするんだということをうたわれているわけでありまして、そのこととの関わりの中で、児童生徒が時代の変化に主体的・創造的に対応するそういう力をつけるんだという事で、さて、これはなかなか難しいことを取り上げておられるなということを感ずるわけですよね。その辺の狙いと言いますか考え方をお伺いしたいと言うことです。次に、「確かな学力の向上」の項で、「引き続き全国及び本市学力調査等を活用し、児童生徒の学習状況の的確な把握に努めるとともに、それに基づき指導の重点化を図り、指導方法や指導形態の工夫改善に努めることが必要です。」とあるわけです。市が行われる学力調査の問題は、過去に議論をいたしております。ここでは特に全国の学力調査の問題ですね。昨年初めて実施をされたわけですが、初めてという言い方は正しくないかもしれませんね、40数年ぶりに復活したという学力テストですね、これで教育長が説明された中身で言いますと、テストの調査結果によってですね、そのことを通して児童生徒の学習状況の把握をするということ、それに基づき指導の重点化を図り、指導方法や指導形態の工夫改善に努めると、こうあるわけです。これは端的に言うと、テストに対応する能力を高める指導をやろうというふうに考えておられるのかということなんですね。4月に実施した結果が10月のおしまいでしたね、結果報告がなされて配られたということが、これでその辺の対応も、その後の教育の中に組み込んでやっていくということの非常に難しい部分があるというふうに考えます。これは、結果が出た後の報道の中でも指摘をされている問題だと思いますね。これらの考え方についてどうなのかなと、心配をしなくてもいいのだろうかどうなのだろうかという事、その辺をお尋ねしたいというふうに思います。次に、豊かな心の育成の項目で3ページですね、ここでは、「近年、児童生徒の規範意識や倫理観の低下、人間関係の希薄化などが指摘されており、」とこうありますね、さらにあります。「発達段階に応じた規範意識や公平な判断力、思いやりの心、生命を尊重する態度などを育成することが求められている。」と、このように判断をされた、特に児童生徒の規範意識や倫理観の低下、こういう判断をされたのは何によってであろうか、ということをお聞きしたい。そして、そこの項で言えば、道徳の時間の充実を図るという対応策を取り上げております。その辺の考え方もお聞きをしたいということです。次は、6点目ですね、今ちょっと申し上げます他道徳の時間につながっていくという、そこの考え方をお聞きしたかったんです。規範意識や倫理観の低下というものを埋めるために道徳の時間の充実を図るというのはどういう考え方なのかということです。7点目が「信頼され魅力ある学校づくり」のところ4ページです。「生き生きと活気ある学校の実現に努めることが重要であります。」とあります。まったくその通りであります。そこで、その後にこういうふうになりたいというのが書いてあります。1つは、学校を積極的に公開していく、情報発信をする、さらには学校評価の充実を図るというふうに言っております。これらの考え方ですね、これをお尋ねしたいということです。そして、そこのくだりで言えば、教育を受ける側である児童生徒や保護者の求める質の高い教育の場となる。この辺の質の高い云々という話についても考え方があればお聞きをしたい。次は5ページですが教職員研修の問題です。教育の専門家としての確かな力量・能力が必要だということですね、これは常に求められる問題だと思います。そのため職場のチームワークを重視した校内研修の充実、それから、学校職員評価制度等の活用を通して個々の教師の意識を高めると、この学校職員評価制度等の活用、この制度がどんな制度かということもお尋ねしたいと思いますし、こういうことによって資質能力が高まり、さらには職場のチームワークというものがとれるというもとになるのだろうかということをお聞きしたいということです。次は、社会教育です。7ページの一番最後ですが、放課後児童施設について、施設の環境改善を図りたいというふうにあります。これはどんな内容を考えておられるのかということをお尋ねいたしたいと思います。以上が教育行政執行方針に関わる質問です。大綱の2点目は、2月27日に北海道教育委員会は1月のストライキ参加をした教職員に対して懲戒処分を発令いたしました。このことについてお聞きをいたしますが、この懲戒処分の理由、処分発令に至る手順、処分の内容とその効果、そして美唄の対象人数、これらについてお聞きをいたします。2つ目は、美唄市教育委員会でこの処分の内申を道教育委員会に対して出していると思いますが、この内申を決める際の議論がどんなものであったのかということについてお尋ねをいたします。3つ目は、このストライキを行ったときの教職員が要求した内容とそれに対する当局の回答がいかなるものであったのかということをお尋ねいたします。次、大綱の3点目は卒業式、入学式についてであります。今年も3月、今日は10日でありまして、間もなく中学校の卒業式、そして、引き続いて小学校の卒業式というふうに学校とすれば、6年間あるいは3年間ですね、総まとめをして子供たちを次のステップへ送り出す極めて重要な行事が待っています。そしてそれは、子供たちにとっては大きな希望を胸に、次へ向かって歩みだすという出発のいわば大きなけじめになるんですね。ですから、長年、ご苦労されながら子供たちを育ててこられた父母の皆さん、子供たちの成長にかかわって、一生懸命取り組んだ教職員の方々、こぞって喜びですね、あふれるそういう卒業式をぜひ行っていただきたい。これは市民の皆さんの願いであるというふうに思います。私は、今年度についてはですね、昨年の6月議会以降何度かこの問題を取り上げております。それは、今申し上げたような卒業式、そして、引き続いて4月になれば、今度新しいピカピカの1年生を迎える小学校の入学式。そして、小学校の過程を終えて新たに大きな成長をするぞと、こういう覚悟を胸に中学に入ってくる子供たちを迎える入学式というふうに続いて行われるわけですけれども、これらについて、国家権力や行政権力が日の丸や君が代を卒業式・入学式に強制するというのは、間違っているという事の考え方を持って主張してきております。今年、これから行われる卒業式・入学式についても、同じことを申し上げたい。そういうその強制に当たるようなことを教育委員会がすべきではないという事なんですね。憲法があって、そして教育基本法があって、学校教育法があってと、いうことを申し上げ続けてきたんですが、教育基本法は、昨年の12月に国会で強行採決によって変えられてしまいました。全く新しい法律になったと言ってもいいくらいその内容は変わったんですね。改めて申し上げるまでもありませんが、憲法を土台にして教育基本法は昭和47年に作られているわけです。憲法がそのままであるにもかかわらず、教育基本法の内容を大きく変えるというのはこれは筋が違う。明らかに問題があるというふうに考えます。しかし、法律が変わったんだから、変わった法律に従ってやるんだという考え方が行政機関としてはあるいは当然なのかもしれません。しかし、60年間にわたってですね、国中が教育のよりどころとした教育基本法を全く捨ててしまって、そして、多くの国民の支持無く一方的に国会の多数勢力の力を頼んで決めた新しい教育基本法が機能するという形になるのは、極めてまずい。ですから、私の気持ちにあるのは、これはまだ47年の教育基本法が生きているというふうに考えたいんですね。ですから、国家権力や行政機関が学校の教育内容に介入をすべきではないという考え方を強く持っております。とりわけ、教育委員会がいつも答弁をされるのは、学習指導要領によって適正に執行してもらうように指導をしますと、こういう答弁をされるわけですけれども、学習指導要領は毎度申し上げていますが、大綱的基準であって、どの旗を掲げなさいだとか、どの歌を歌いなさいだとか、歌うべきではないだとか、そういう卒業式や入学式の内容に細かく指示をするものでは本来ないんですね。そこのところの考え方を本来のものにして是非、学校にかかわる人々皆の顔の輝く卒業式そして入学式を迎えるように是非考えていただきたい。教育長の前向き積極的なご答弁をいただきたい。

質問 8番 米田良克

質問漏れがありましたのでもう1度登壇させていただいてもよろしいでしょうか。

質問 8番 米田良克

ちょっと力が入りすぎまして、申し訳ありません。子供たちへの指導のあり方についてですね、卒業式入学式等への参加の指導についてこれは今の権力的な介入をすべきではないということを申し上げたんですけれども、しっかりと卒業式や入学式に参加する為の考え方、姿勢、これはぜひきっちり指導していただくということですね、しかし、考え方のいろいろある部分については、それぞれの考え方が尊重されるということを、これもしっかりと指導していただきたいというふうに思うんですね。たとえば君が代の斉唱の際に、起立をしてもらいたい、しかし、立ちたくなければ立たなくてもよろしい、こういう許容範囲をしっかりと示して指導をしていただきたいというふうに思います。最後は、教職員への問題ですが、教職員に対してはなかなか厳しい教育委員会の指導があります。校長を通してですね。場合によっては過去に職務命令等も出されているわけですが、先ほど申し上げた趣旨から言いますと、当然、職務命令というものは馴染まない、強制をもって教職員を動かすということをすべきではありません。まして、職務命令そしてそれに従わなければ処分というようなことがなされるべきではありません。昨年も問題になりました。12月の議会でも取り上げましたけれども、立たないことに対する考え方を問いただすような行為ですね、私はちょっと言い方きついですけれども、思想調査にわたるようなそういう行為を教育委員会が絶対にすべきではないということを申し上げてきておりますから、今回の卒業式入学式についても同じように是非教職員に強制にわたる、そういう扱い方にならないように是非お考えをいただきたいと思います。

答弁 教育長 村上忠雄(教育長は2008年6月まで)

米田議員のご質問に順次お答えをいたします。はじめに、教育行政執行方針の「はじめに」の部分についてでありますが、平成18年12月、約60年ぶりに教育基本法が改正され、これからの教育のあるべき姿、目指すべき理念が明らかにされたところでございます。この実現に向け、教育改革をより一層推進するために、学校教育をはじめとするいわゆる教育関連3法案が平成19年6月に改正されたところでございます。学校教育法の改正につきましては、新たに義務教育の目標を定めるとともに、幼稚園から大学までの各学校の目的、目標の見直し、また、学校に副校長等の新しい職を置くことができることなどの内容となっております。地方教育行政の組織及び運営に関する法律に関しましては、教育における国、教育委員会の責任の明確化など、教育職員免許法及び教育公務員特例法につきましては、教員免許更新制の導入などの内容となっております。これらの改正は、これまでの教育の普遍的な理念を堅持しつつ、新しい時代の教育の基本理念を確立し、知・徳・体の調和が取れ、生涯にわたって自己実現を目指す自立した日本人の育成を目指す意図である、このように理解をしているところでございます。また、これからの時代は新しい知識・情報・技術が政治・経済・文化をはじめ、社会のあらゆる領域での活動の基盤として、飛躍的に重要性を増す「知識基盤社会の時代」と言われており、このような時代を担う子ども達に必要な能力こそが「生きる力」である、このように認識しているところでございます。次に、幼稚園教育についてでありますが、幼児期の教育は、生涯にわたる人格形成の基礎を培う極めて重要な時期であり、その中でも幼稚園と小学校との円滑な接続は非常に重要でありますことから、これまでも、学芸会等の行事を通して幼児と児童の交流の機会を設けた取り組みが進められているところでございます。幼児の心身の調和のとれた発達を促すためには、さまざまな人や、物とのかかわりを通した多様な体験が必要なことから、小中学校訪問や自然体験など地域の教育資源を積極的に活用した活動が展開されるよう努めてまいります。次に、小中学校についてでありますが、変化の激しい社会を自立した個人として、心豊かにたくましく生き抜くためには、その基礎となる力の育成が重要でございます。このため、児童生徒に自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力を育成することが、より一層必要であるとの考え方の基に、「生きる力」を育む教育の推進にさらに努めてまいります。次に、確かな学力の向上についてでありますが、学力調査はあくまでも各学校が、各児童生徒の学力や学習状況を把握し、児童生徒一人ひとりの学習改善や学習意欲の向上に役立てることを目的として実施されるものであり、その趣旨を踏まえた結果の活用が図られるよう努めてまいりたい。このように考えております。次に、豊かな心の育成につきましては、平成18年度文部科学省調査によりますと、いじめの認知件数や器物破損等の暴力行為などが増加しており、また、いわゆる普通の子どもが突然重大な事件を起こす「いきなり型」の非行が現出するなど、極めて憂慮すべき状況にあることから、道徳の時間や体験活動を充実させることにより、未来社会の形成者として生きていくための約束やルール、法律を守ることなど、「規範意識」等の育成に努めてまいります。次に、信頼される魅力ある学校づくりについてでありますが、児童生徒が健やかに成長するためには、学校・家庭・地域での教育が十分に連携・補完しつつ、一体となって営まれることが重要であり、学校から積極的な情報発信が行なわれるとともに、学校評価等の結果を活用した学校改善に向けた取り組みが実施されるように努めてまいります。次に、教職員の研修機会の充実についてでありますが、教職は人間の心身の発達にかかわる専門的職業であり、その活動は児童生徒の人格形成に大きな影響を与えるものでございます。この為、教師には児童生徒や保護者はもとより、広く社会から尊敬され、信頼されることが求められており、研修の場や機会の充実を図ることが必要であります。学校職員評価制度は学校内での信頼関係のもと、個々の学校職員の努力や成果を評価し、一層意欲を高めることにより、資質能力の向上と学校の活性化を図り、その成果が児童生徒に還元されることを目的にしているものであり、これらの取り組みを通して教師に求められる資質能力である「教職に対する強い情熱」や、「教育の専門家としての確かな力量」「総合的な人間力の育成」に努めてまいります。次に、放課後児童施設の環境改善についてでありますが、東地区及び中央小学校区の2つの施設につきましては、入所児童が多く、手狭な状況にあります。20年度におきましても、できるだけ多くの児童を受け入れることとしておりますので、東地区については学校の協力を得て、特別教室などを利用するほか、中央小学校区においては、勤労青少年ホーム内の使用範囲を広げるなどして、活動スペースを確保してまいりたいと考えております。次に、教職員の懲戒処分についてでありますが、去る1月30日、本市小中学校の教職員119名が北海道教職員組合の闘争方針のもと、査定昇給制度の新年度導入に反対して一時間のストライキに参加、職場を離脱したため、北海道教育委員会が処分を行ったものでございます。次に、処分の手順・内容等についてでありますが、美唄市教育委員会といたしましては、服務監督権者として、争議行為は地方公務員法で禁止されている違法な行為であることから、厳正な処分を求め、道教委に対し処分の内申を行ったところでございます。これを受け、道教委は2月28日付で地方公務員法の規定による昇給が延伸され、生涯賃金にも影響がある戒告処分の発令を行ったものでございます。次に、北教組と道教委との交渉の経過についてでありますが、教職員の査定昇給制度の平成20年度導入に関し、かねてから交渉が行われてきたところですが、1月30日に道教委は道が給与の独自削減を行う今後の4年間は査定昇給制度を凍結するが、勤勉手当については導入するとの最終回答をいたしました。これに対し、北教組は学校教育の成果は教職員の協力・協働に基づくものであり、「個人の能力・業績」などで教職員を「評価」することはできないなどを理由に制度導入の撤回を求めてストの実施に踏み切ったものでございます。次に、卒業式・入学式についてでありますが、公教育には全国的に一定の教育水準を確保し、平等に教育を受ける機会を国民に保障することが求められており、学校での教育指導の全ては法的拘束力を有する学習指導要領を基準として行われるものであり、卒業式・入学式における国旗・国歌の指導も同様である、このように考えているところでございます。また、市町村教育委員会は、地教行法上、所管する学校の教育課程の管理を行うこととなっており、必要に応じて指導・助言する立場と認識しております。次に、児童生徒に対する指導につきましては、学習指導要領において、「入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする」とされており、各学校においては、これに基づき、適切に実施することとなっております。また、学校教育において国旗・国歌の意義を理解させ、それらを尊重する態度を育てることは極めて重要であることから、児童生徒を指導する立場にある教員は、国歌斉唱時には起立するなど、儀式にふさわしい態度で臨むことが大切であるとの考え方のもと、これまでも指導しており、今後とも、この考え方に基づく適切な実施に向けて指導してまいりたい、このように考えているところでございます。

質問 8番 米田良克

ひと通り答弁をいただきましたが、大方についてもう一度お尋ねをさせていただきます。まず、教育行政執行方針についてであります。今、教育3法の改正の趣旨といいますか考え方、これらが述べられました。私は、この教育行政執行方針の中でわかれておりますね。教育基本法の改正を受けて教育3法の改正が行われたんだということで、おおまかに説明がありましたけれども、先ほど1回目で申し上げましたように、教育基本法の改正そのものに問題ありとする考え方をもつものでありますから、なかなかこの関連法律の改正についても素直に法律が改められたのだから、すべてそれが改めていかなければいけないという考え方に立ちにくいという考え方はあります。ただ、行政とすれば法が変わったんだから変わった方に従って行政執行していくと立場に立たれると、これはやむをえないというふうに思うんですね。しかし、先ほど申し上げたように今は消えた教育基本法というものが日本の教育にかかわって非常に大きな位置を占めていると、それが長年行われてきたということを土台に考えると、いろいろとそこでは考えねばならない事柄もあるのではないかということを考えます。ここのかかわりでは、今説明があった中での学校教育法関係で言いますと、義務教育に関する目標が新たに定められたということで、これらについて今少しお尋ねをしてみたいというふうに思います。それから新しい職ですね、例えば副校長というのが出ましたけれども、ほかにもいくつかあるようですね、これらの学校の中に新しい職務が設けられるということは、どんなものがあって、それぞれどんな狙いがあるのか、現在学校の中にあるのは校長、教頭、教員の3段階ですね、ほかに養護教諭だとか事務職員だとか立場の方もいらっしゃいますけれども、子供を教えるということで言えば校長、教頭、教員、ところがそれに新たなものが加わったときに、校長、教頭は管理職ですね、新たにできる職務というのは管理職として扱われるのかですね、その辺のところをお尋ねしたいというふうに思います。それから地教行法の関係では、国や地方教育委員会の責任・権限のことが記されているということなんですけれども、私が心配するのは、もう大分前から盛んに地方分権ということが言われて、地方分権の流れが大きく進んでいるわけですけれども、教育に関しては逆に中央集権的な考え方が強められているのではないかということを心配するものですから、だからそういうことにつながる恐れはないのかということを含めてお尋ねをしたいと思います。次に、教員免許法の関係ですが、これは大きく話題になってマスコミでも随分取り上げられましたけれども、10年経つと教員免許の研修を受けて新たに免許の更新という手続きが必要だということになったということですね。ですから今までは大学で勉強して単位が取れれば教員免許というのは国が交付する、そして、それはいわば死ぬまで有効という扱いだったですね、それが、10年ごとに研修を受けて、しっかりと研修が実ったかどうかというのを確認して更新を認めるという形でなければ、教職を続けることができないということになるんですね。ものすごい変化だと思うんですね。これは一体、何でこんなことになってしまったのかということですね、そして、まだあまり具体的に決まっているのかどうか分かりませんけれども、こんな方向で行われるその制度の運用はこうなりますというのが、あればお聞きをしたいというふうに思います。それから、幼稚園教育でありますが、先ほどもちょっとふれましたけれども、去年の発達段階に応じた遊びを通して云々というのが、表現が少し変わってきているんですね。そしてその中でより一層の学びの連続性を図るというふうにあるものですから、これは何なのかなという疑問を抱きました。幼稚園教育というのは小学校への適用を考えてなされるというものではないように思うんです。幼稚園・小学校の連携というのは、子供の育ちについてつながりを保っていくということでは必要だと思うんです。そして小学校としては幼稚園でどんな経験をしてきたのかなということを踏まえて教育活動が行われるというものだと思いますね。そして、どう言っても幼稚園は学びという言葉よりは遊び、ということが活動の中心であるというふうに思うんです。ただ、近年は日本の中でもどこでもというわけではないですけれども、テレビでもお受験なる言葉が随分取り上げられるようにそういう地域では小学校への入学試験がある。そうするとそれに対応する幼稚園教育をやってもらいたい、そういう地域や父母の要望があったりするところでは、いわば小学校教育の準備段階のそういう中身が取り入れられているところが、あるいはそれを売りにするという幼稚園も出てくるやに聞きます。しかし、幼稚園教育そのものが本来そういうものではないというふうに考えているんですけれども、その辺のお考えをお聞きしたいというふうに思います。次は、先ほどちょっと取り上げました小中学校の時代の変化に主体的・創造的に対応するという問題なんですけれども、昨年の執行方針では、確かな学力や豊かな心、健やかな体などの生きる力を育む教育をやりたいというふうに書いてあるわけですね、それがさっき申し上げたような表現に変わっていったということで、生きる力を育てるんだという部分では、そこは行き着くんですけれども、時代の変化に主体的・創造的に対応するという力を子どもに求めていくというふうに見えるんです。これは非常に難しい問題を学校が引き受けることになるのかなという心配をいたしました。時代の変化に対応していかなければならないという部分は、これは随分大人でも思い悩みながら生き方をどうするのかと、それから、生活の状況がどんどん変わっていくが、この後いったい自分は暮らしていけるのかと、そういう心配をしながら今生活をしなければならない日本の国民は多くなってきている状況ですね、格差社会の拡大ということで随分取り上げられております。それから労働条件の変化が極めて激しい、このままでいったら将来、半分はもう非正規の労働をしなければならない、そういう時代が来るのではないかということも言われていますね。そんな社会の変化というものを、いわば主体的に受け止めて、そしてそれの対応を自ら考えるということ、これは極めて難しい問題ではないのかなと、中学生あたりで、中には世の中のそういう動きをキャッチして自分の生き方をどうしようかと、そういう考える力を持っている子どももいるかもしれません。これはしかし、比率的には決して多くない、そして小学生くらいになると、要するに毎日毎日が楽しければいい、学校に行って今日は誰と何をしようか、どの遊びをしようかとか、そういう期待を持って登校していくわけで、世の中の変化はどうなっているのかなと、そういうことを考えている小学生がいたら恐ろしくなる気がするんですね。ですからちょっと難しいことを取り上げ過ぎているのではないかという感じがするものですから、もう1度その考え方をお聞きしたいというところなんですね。それから学テの問題ですね。教育長からいただいた答弁では、わかるんですよ、型どおりです。原則を踏まえて答弁されておられる。ただ、現実はですよ。なかなかそうはいかないと思うんですよね。特に、美唄の中でも私聞きます。何で美唄の教育委員会は結果を公表しないんだと。おかしいじゃないかという声です。私は結果の公表は、必要がない、あるいはすべきではないというふうに思っています。ただ、地区によっては公表していますね。あるいはホームページに載せたりして、そういういろんな対応があります。しかし、全国学力テストをやったということになったときに、さて、北海道はどうなのか、北海道の中で美唄はどうなのか、全国の中で美唄はどうなのか、うちの子どもが行っている学校はどうなのか、そういう関心を持つ人たちがやっぱり見るわけですね。そうすると、何とか知りたい。うちの子どもは学校で何番なのかとか。じゃあそういうものを知って何かそこから生まれるでしょうか。そんなことは決してないんですよね。だからテスト結果が返ってきたら、自分が指導してきた指導の方針がきちっと子ども達の上に結果とし残っているかということを教師は反省するでしょう。これはなかなか大変な作業です。というのは、自分たちの作った問題ではありませんから、どこかが作った問題がやってきて、そして突然子どもたちがそれを受けて、そして半年も経ってから結果が返ってくるということですから、それを今度は遡って細かく分析をして、後始末を残された期間でどうするかと、これは大変な作業だと思うんですよ。そういうことをやらねばならない一方で、父母、あるいは市民は今まで何も考える必要がなかったことに関心を持って、一体どうなっているんだということを知りたいと思う人たちが出てくるということなんですね。まだ言いたいことはあるんです。結論は、やめた方がいいということなんです。全国で1箇所、愛知県犬山市はやりませんでしたね。やらないということに大きな自信をあそこのまちは持っている。教育委員会はね、やらないで大丈夫だと。別に子供たちに迷惑がかかるようなことは決してないということを言っています。ただ、最近市長選挙があって新しい市長になったんですね、この市長は学力テストを受けるべきだということを主張している市長で、今度は是非受けるようにしたいと、今教育長と教育委員長に辞任を求めているそうです。何かケチをつけて教育委員会のやり方が条例違反だということで辞任せよと、そういうことを言っているそうですよ。でも、本当に条例違反ならくびにできるんですよね、解雇できる。解雇はしないで辞任せよということを言っている。それから、任期が終わったら今度、市長の言うことを聞く教育委員を就任して何か数的に言えばやるように決まりそうですけれども、そういう危機が犬山の場合は、でも、受けないということを決めた教育委員会はそれは十分な自信と確信でそういうことを決定したわけです。ただ、テレビの報道では、うちの子どもはどうなんですかねというお母さんがいた、そういう画が出たりしますね、どうですかと聞かれたらそれは知りたいとこうなる、これは当たり前ですよね、だからそういう意味では前にも言いましたが、文科省の全国学力テストはやっぱりやめたほうがいいと思うんですよ。でも執行方針に書いてしまっているから、消しゴムで消すわけにはいかないですから、なかなか大変だとは思うんですが、考え方としてですよ、後で申し上げることとかかわるんですが、半年も経ってから結果が返ってきて、それを分析して対応を学校の中でとるという教職員も大変だと思います。今までなかった業務が新たに来るわけですからね。だからそれやこれやを考えるとほとんどメリットはないということを考えます。その辺がどうであるかということです。それから豊かな心ですね。文科省の調査でという答弁をいただきました。文科省の調査でいろんな調査の数値があがる。例えば一番顕著なのはいじめなんですけれども、いじめがあったという件数がどんどん上がるでしょう、これは教育長もご存知のとおり、いわば調べる方の意識が変わったんですね、いじめというものをどう捉えるかという、捉え方の問題が変わったので調査すれば大きく数字が上がるということになってきている、規範意識の低下とか倫理観の低下とか、これが児童生徒にいわば顕著に見られるというようなことを果たして言えるのかなと、美唄市でいじめ件数、暴力行為がどんどん増える、そして、いきなり型の非行が次々と起きる、そういう憂慮すべきだという状況を把握しているのでしょうか。私は、子どもというのは、社会の中で社会の大人を通して社会を見て、そこからいろんなことを学ぶんですね。ですから規範意識や倫理観の低下というのは大人社会で極めて顕著に起きている現象ですね、とりわけ昨年の食品偽装事件なんていうのは、その最たるものだと思います。大人が行動を改めれば、子どもはちゃんとそれを学ぶんですよね。ですから社会全体がそうだからまず子どもからそうするんだということを私はくみしません。それはいかがなものかということですね。だから美唄の子どもの現状がどうだということに立ってものを考えるべきではないでしょうかということを申し上げたいんですよね。特に小泉改革の結果が全部顕著に現れていますけれども、競争だと競争には勝たなければならないと負けた奴は負け犬だ、負けたのは自己責任、そういう考え方、金をもうけるなら手段を選ばない、そういう時代にしちゃったんでしょう。そして格差がどんどん広がっていく2極化現象だというふうに言われていますね、金持ちはどんどん金持ちになる、貧乏な人は一方的に貧乏になる。立ち直るきっかけが誰にも与えられる。そういう社会になっているということです。働く場合もいやならやめなさいと言われる、うちの条件に従えないならいつでもやめなさいと、こういう中で労働者の条件は極めて厳しくなる、だから、そういう中にあって、子どもだけが高い規範意識や倫理観を持ちなさいというような教育をするのはいかがなものかなという気がいたします。社会と学校とマッチしないんじゃないかという気がするわけです。そしてその後と続きますけれども、児童生徒が今の自分を素直に受け止め、より良く生きたいという願いや夢、感動が持てるような道徳的実践力を育む道徳の時間の充実を図るということです。ここは、私は極めて問題があると思っています。それは何故か、このくだりは、心のノートに直結すると今はどのくらい使われているか知りませんよ。導入された当時は副教材のひとつですという説明でした。だから学校で使うとか使わないとか教育委員会があれこれ言わないというお話だったんですね。この、今の自分を素直に受け止める、ここから始まるんですよね。そして、書き込みしながらうまく誘導されていくんです。子どもが。素直な子どもほど引っかかる。その心のノートに取り込まれちゃうんですよね。そして、いつの間にか愛国心はすばらしいというふうに導かれる。これが心のノートの仕組みです。このくだりを読んだときに、いよいよ心のノートを使わせようという考え方を教育委員会は持ったのかなということを感じました。これは、しっかりと聞いてみなければならないということです。昨年の執行方針、社会のルールや基本的モラルなどの規範意識の高揚や道徳性の慣用等が求められていることから、各学校では児童生徒の実態を十分把握しながら、各教科等における体験的な学習との関連を図った道徳の事業を展開するとともに云々、後のほうはちょっと重なる部分ですね。ですから、完全に変わったんです。ですから、考え方が変わったわけではないというふうにおっしゃるのであれば、なぜ表現が変わったのかということですよね。道徳大好き校長というのがいますから、だから、こういうふうに、教育行政執行方針に載っちゃうと、これが今年の方針だなということで、まっすぐここに向かって突き進むということで頑張る校長が出てくるんですね。私はそれが心配なんですよ。そして、これでやるぞというふうに先生方をリードするということになったのでは、これはちょっと大変ではないかという心配をしています。心配しなくてよろしいという答弁がいただければいいんです。5番6番と続いてお話をいたしました。あと教職員研修ですね。生き生きと活気あふれる学校の実現です。これは、先ほどもちょっと言いましたけれども、学校評議員制度について触れておられます。学校評議員制度を活用するなど、学校評価の充実を図りその結果を日々の教育実践の工夫に生かすというふうにありますね。この学校評議員の方が今それぞれいらっしゃる3人くらいですね。その方々が折に触れて、学校運営について助言をされる、あるいはこういう問題についてはどうでしょうかと、校長から相談をかけたことに対してお答えをいただけるというような仕組みだというふうに理解をしています。これを積極的に活用するということになって、そのことによって学校評価の充実を図るということ、やっぱりこれも心配なんですね。一部の評議員の人が強い影響力を発揮するというような、重々ないと思うんですが、そういうことが起きては困るなと、その辺が対応するのは校長ですから、校長がきちっと交通整理ができて聞くべき話、それからただ聞き置くだけの話、実際に学校で取り組もうとする話、そういうものの整理がきちっとできるのかどうなのかという心配もこれありで、どんなふうになっていくというのは心配をしなくてもいいのだろうかということを考えます。この点はどうなのかということ、そして、言いたいことは、生き生きと活気あふれる学校、大賛成です。生き生きと活気あふれる学校になるには、先生が元気でなければだめですね。先生が元気で、笑顔で、ニコニコして声が大きくて、その先生と一緒にいれば子どもは楽しいというふうにならないと生き生きと活気あふれる学校にならない。そこは教育長も同じ意見だと思いますね。だからそうするためにはよそからごちゃごちゃ言われるということは、言うなということではないんですよ、言われてもそれをきちっと学校長が整理する能力を持っていると窓口として、そういうことが必要ではないかということです。だからこんなふうに執行方針の中で学校評議員制度を活用するんだ、うちは活用が今まで足りないなということになって、評議員会を何回も開くというようなことになっていくことを心配しています。本当に生き生きと活気あふれる学校にする、そのための努力を是非ということです。8つ目、学校職員評価制度ですね。これがどうもあまりよくわからないですね。信頼関係というものが大事だという答弁で先ほどありました。そこら辺が職場のチームワークができ上がっていくということについて、本気でそのことを考えるとすればやり方があるなと、それは、私の意見で申し上げれば、先生方が考えている意見をどんどん言うということです。そういう場は職員会議という場がありますけれども、そういう場で積極的に討議のテーマになっている問題について積極的に自分の意見を発表していくということが活発になっていけば、それは自然にチームワークが出来上がっていくということですね。これは、もう大分前からですけれども、聞いてみると職員会議であまり発言がないというんですよ。これはまずい、それはいいチームワークができる学校にはなかなかなっていきずらいというふうに思います。それはなぜか、チームワークというのはお互いの気心がわからなければだめなんですね。気心は何でわかるか、議論することでわかるわけです。お互いの考えをしっかりと踏まえあうということがいいチームワークを作ることになると思います。そして、そういう空気をつくり上げる役割は校長です。だからここでも校長の役割は大きいんです。校長がしっかり校長として機能していくということにならないと学校はいいチームワークなんかできない。いいチームワークができないと学校は仕事ができませんからね。その辺をしっかりとやるべきではないかということを考えるんですけれども、いかがでしょうか。次2つ目です。処分のことですね。ご答弁いただきました。厳正な処分を求めて内申を行いましたというふうにお答えをいただきました。これは厳正な処分を求めるということを決めたということは、教職員がやったストライキですね、ストライキ参加というものが絶対悪いという事の判断に立っているわけですね。要求は何だと、当局はどう答えたんだということも聞いたわけですよ。今のお答えで言えば、査定昇給制度の導入について、かねてから交渉が行われていたのだが、とりあえず給与の独自削減をやるために査定昇給制度は4年間凍結だと。だけれども勤勉手当については導入するという回答でした。凍結だと言いながら勤勉手当を導入するというのは変ですよね。凍結なら動かないんですよ、凍結というのは凍って固まることですからね。一部だけ動く凍結というのはおかしいんです。これは凍結していないんですね。ということは、査定昇給制度というものは詳しくわかりません、ただ、昇給の仕組みを変えるわけです、言葉から言えば、査定昇給制度は何かというのはちょっと一つお聞きしたいんですけれども、給与がまったくかどうかわかりませんけれども、大きく変わるというのは労使にとっては重大問題ですよね。ですからそういうときは交渉して、そして、通常はお互いに譲り合いながら決着を見出して合意に達する。そして協定か何かに署名捺印をして、それからはじめるというのが常識でしょう。給与制度を大きく変えるというのは。それを一方的に一部は凍結するけれども一部は動かすという事を組合側の合意なしに一方的に道教委はやるわけですね。これに対して黙っているなら組合なんて存在意義はないんですよ。労働組合というのは、労働条件を守るというのが基本中の基本ですからね。そうすると、そういう権利を持っていると憲法に書いてあるんです。労働基本権。自分が働く条件を一方的に雇い主の側から決めるのではなくて、雇い主と雇われる側との合意に立って決めるんだという基本ですよ。それを道教委はそういう常識を破ったわけでしょう。やむを得なく組合は法律で禁止されているストライキという行動にとらざるを得なかったということです。それを教育委員会は厳正な処分を、違法なんだから厳正な処分を求めるんだという判断をされたと。これまでの経過はとにかくとして、行動が悪いと。行動が悪いんだから厳正な処分だと、こういう判断に立たれるとしたら、いかがでしょうか。それは、一方的に片方だけしか見ていないということにならないでしょうか。そして、ご答弁にもありましたけれども、北海道教育委員会は2月28日付で、戒告という処分を参加者全員に対して発令しましたね。懲戒処分です。戒告の上は減給ですね。減給、減給といってその後は停職というふうに重くなりますけれども、でも戒告というのは先ほどの答弁で昇給が延伸されるという中身を伴う。公務員というのは定期昇給というのがあって、定期的に昇給をする。ところが昇給延伸というのは、定期昇給の時期になったが1回休みというのが昇給延伸ですね。1回休んだら普通は3ヶ月延びる、3ヶ月延びたそこからが出発点になるからやめるまでは3ヶ月延びたのはずっと続いていくわけですよね。それが戒告に伴う昇給延伸です。生涯続くんですよ、当然、退職金にも年金にも全部響いてきますね。それは極めて過酷なものですよ、給与上の損害を受ける。新聞でも書いていますよ。これは28日付の北海道新聞です、こんなこと今まで組合のことで新聞が書いたことないですよ。これは道教委が詳しい資料を新聞社に提供したんですね、ですから25歳で生涯賃金100万円の減なんです、というふうに書いてある。こんな数字今まで新聞に載ったことないです。しかも余計なことも書いてある。こんな処分になると思わなかったとか、何かそんなことも書いてあった。余計なお世話なんだけれども、ということは、厳正な処分を内申して懲戒処分を受けたら美唄で今働いている先生方は生涯にわたる賃金上の損害を受けるということも承知で内申をされたわけですよね。これもさっきの話と合わせていかがなものかと。それと、二十何年かストライキはやっていないそうですけれども、過去のストライキでの、今回は就業前1時間ですね、過去には早朝1時間とか早朝2時間とか半日とか1日とかいろいろあります。それらのストライキとそれに道教委がかけた処分とこれらの問題もあると思うんですよ。それらを全部考え合わせてやられたのか、議論としてはどうだったのかということを思います。そういうことでお考えがあればお聞きをしたいと思います。それから卒業式・入学式の問題は、さっき1回目でもちょっと言いましたけれども、学習指導要領は大綱的基準で、細かなことについて決めたらそれは大綱的基準ではないから法的拘束力にはならないんですよというのは旭川学テ事件の最高裁判決なんですよ。繰り返し言っていますけれども、あまり学習指導要領、学習指導要領と言わない方がいいと思います。それは、たよりに足らないものなんですよね。ですから、卒業式・入学式の細かいやり方については介入すべきではないということを特に申し上げたい。それから、昨年、教育委員会が計画されたような事情聴取ですね、もし立たないという教職員がいたときに、そういうことを今回もおやりになるつもりかどうか、お聞きをしたい。

答弁 教育長 村上忠雄(教育長は2008年6月まで)

米田議員のご質問にお答え申し上げます。初めに、学校教育関連法案3法の関係でございますけれども、新しい学校教育法の「義務教育の目標」につきましては、教育基本法に規定されました教育の目標を実現する為に小中学校それぞれこれまで分かれておりましたものをまとめたということで、教育目標として第21条に自主自立の精神であるとか、10項目にわたって規定をしております。また、「新たな職」についてでありますけれども、これつきましては、学校が抱える多くの課題や多忙化に対応して、学校における組織運営体制あるいは指導体制の確立を図るために、小中学校等に副校長それから主幹教諭、指導教諭という職を置くことができることとされております。次に、地教行法の教育委員会と国の責任の明確化についてございますけれども、教育委員会につきましては、基本的な方針の策定や、教育委員会規則の制定と改廃などが規定されるなどの内容となっておりまして、国の責任の果たし方につきましては、教育委員会の法令違反や怠りについて「指示」や「是正の要求を行うことができるもの」とされております。次に、教員の免許更新制度の導入についてでありますけれども、ただいまお尋ねありまして、10年のスパンということでございまして、教員が社会の変化ですね、これは今俗に言われていますけれども、情報化であるとか都市化であるとか、核家族化とか、子供を取り巻く環境は非常に大きく変わってきております。社会全体も変わってきておりますけれども、こういった変化に対応する、あるいは社会の期待に応えるために、引き続き教育の専門家として、子どもに質の高い教育を提供する為に免許状に10年間の有効期限を定め更新を必要としたわけでございます。次に、幼稚園教育についてでございますけれども、先ほど申し上げましたけれども、幼稚園教育で幼児の健やかな成長の為に適切な環境を与え、その心身の発達を助長することを目的として、幼児期の特性を踏まえ、環境や遊びを通して教育活動を行うものでございます。幼児の自発的な活動としての遊びは、心身の調和のとれた発達の基礎を培う重要な学習であるということを踏まえまして、遊びを通しての指導を中心とした教育活動の充実に努めてまいりたい。このように考えているところでございます。それから、小中学校の教育についてでありますけれども、これ繰り返しますけれども、大きく激しく変化するこの社会に対応していくためには、やはり「課題を見出して解決する力」などが必要であること、これはお尋ねの中にありましたけれども、これから社会に対応していくための事を教えるのには無理があるだろうということをあれされておりましたけれども、これは中学校に行きましても職業意識ですとか、そういったものも教育の中でも指導できるわけでございますけれども、小学生の段階では、やはり課題を見出して解決する力などを培っていく、そして自ら考え、学び続ける力等の育成を重視し、「生きる力」を育む教育の推進に努める、このような考え方でいるわけでございます。次に、確かな学力の向上ということでございますけれども、学力調査は確かな学力を育成するための手立てでありまして、児童生徒の学習状況を多面的に分析する資料として、また、本市における教育の成果や課題等を把握・検証し、その改善を図る意味においても意義あるものと考えているところでございまして、次年度以降もこうした考え方に基づき、適切に実施してまいりたい。このように考えているところでございます。学校の教育というのは子ども達は、授業・学科についてですね、わかることが一番の喜びだと思うんですけれども、やはりそういった喜びを与えるためにもこの学力テストを実施することによって、その子どもの弱いところ、わからないところをですね、教師として教員としてそこを把握しながらこの学びを支援していくと、そういうことが正しいだろうと、そのためにもこの学力テストを私は必要であると考えております。次に、豊かな心の育成につきましては、基本的な生活習慣や規範意識、自分への信頼感や思いやりなどの道徳性を養い、法やルールの意義、遵守について理解し、主体的に判断・行動できる資質を育成することは大変重要であります。そのことから発達段階に応じた指導内容の重点化、あるいは教材の充実等、また、有効利用を図ってまいりたい。このように考えているところでございまして、これは今大人社会の問題もちょっとお尋ねの中にございましたけれども、大人社会は大人社会としてこれは直していかなければならないものは直していかなければならない。今日のどこかの校長先生の話もありましたし、テレビや新聞等、こういったことについてはですね、道徳性を疑われるような大人の行動というのはこと変わらないわけですけれども、ただ私どもは学校教育として学校現場でどうしなければならないのかということで、この中で書いているわけでございます。当然、青少年の指導の関係であるとか、役所の中のそういった集まりの中では、大人一人ひとりが今何をやらなければならないのかということを、やはり、子ども達に対して絶えずそういった意識を持ってもらいたい。こういったことは私の方からもお話をしているところでございます。次に、教職員の研修機会の充実でありますけれども、学校教育は校長を中心としており、全教職員で組織的・継続的に行われるものでございます。その基盤はやはり教職員相互の信頼関係であることから、学校の研修及び学校職員の評価制度の活用につきましても、こういった考え方に基づき適切に指導してまいりたい。この学校職員の評価制度につきましては、今お尋ねの中にも学校全体のチームワークづくりということもございました。これはやはり一人ひとりの先生方の意識というものが、やはり共通問題意識にしても、学校に対する問題意識と共通に所有されなければならない、それに対して、どうしなければならないのかということは、個々の先生は熱心に考えておられると思うんです。ただ、そういった考えは、評価制度ということになりますけれども、その中でしっかり文にして、自分の目標なり何なりをもつと。これを指導するのは校長ということをおっしゃっておられましたけれども、やはり、校長にも自分の考えを理解していただいて、そういった中で話し合いをする。特に学校の小規模化になってきておりまして、1学年1人という先生も多ございます。そういったことで先生方が悶々とすることがないように、やはり自分の考えを超えた評価制度にまとめて、そして校長なり教頭からの指導を受ける。これも一つ大きなヒントになるのではなかろうかと考えているところであります。教職員の意識の向上と組織の活性化に資すると、査定評価制度についてでございますけれど、これは教職員の士気向上と組織の活性化に資することを目的として、仕事上の業績・能力・勤務態度について評価を行って、昇給及び勤勉手当の支給を成績区分により決定しようとするものでございます。次に、ストの処分の内申についてでありますけれども、公務員のモラルや使命感について厳しく問われている社会情勢の中で、公務員に認められていない争議行為に至ったということは、これは地公法で定める懲戒処分に該当するものであり、道教委に対して処分を求めるということの内申を行ったものでございます。次に、卒業式・入学式につきましては、これまで一貫して申し上げてきております通り、我が国の国旗・国歌の意義を理解し尊重する態度を育成すると言うことで、諸外国の国旗・国歌についても同様に、これを尊重する態度を養っていくことになるだろうとこのように考えておりまして、国際社会に生きる日本人としての自覚・資質を育成することなどを重視して、これは繰り返しますけれども学習指導要領に基づいて、卒・入学式における国旗・国歌を適切に指導されるように指導していくことでございます。いずれにいたしましても、各学校におきまして、この国旗・国歌の指導・意義につきまして意思の疎通、共通理解が図られるように努め、各校全教職員が一致して卒業式・入学式が厳粛かつ清新な雰囲気の中で行われるように指導してまいりたい。このように考えているところでございます。事情聴取ということもちょっとありましたけれども。今般も実は事情聴取ということで各学校を私訪問いたしました。事情聴取ということも一部とられたようでございますけれども、私は事情聴取ではなくて、今申し上げた私の考え方ということを先生方にお話するということで、このことと、もう一つ各先生方が教育現場で今悩んでおられること、この2点についてということで各校訪問した経過がございます。

質問 8番 米田良克

ひと通りご答弁をいただきましたが、もう一片聞かせていただきたいと思います。教育行政執行方針の問題は、項目分けてやっていたんですが、全体的にかかわる問題をまとめてお尋ねをしてみたいというふうに思います。法律改正の関係の所では、お答えをいただきましたけれども、国の責任と言いますか、そういうものとして教育委員会に法令違反があったり怠りがあったりというような事柄について、指示や是正要求を行うということであります。これは、やはりさっきちょっと質問の中でも言いましたが、中央集権的なものの考え方というものが入っているのではないかなということを危惧しますね。地方教育委員会の独立性というものが低下しているのではないか、そういう心配をしますけれども、その辺はいかがなものかなということを思います。それから、学テの問題なんですが、これも先ほども申し上げましたけれども、こんなふうに学力調査結果を学校の中でそれに基づいて指導の重点化、あるいは指導方法や指導形態の工夫改善に努めるというふうに方針として明記された場合に、心配をしなくてもいいのかどうなのか、具体的に書かれているんだからその通りやらなければならないというふうに校長が考える、そして厳しく職員に求めるというようなことになったのでは、ちょっと本来の先ほど教育長からいただいた答弁の考え方とは異なることになるのではないかなという事を心配いたします。先ほどもありましたね。子どもにとっては勉強がわかることが喜びなんだと。まったくそのとおりだと思います。そして、学ぶ意欲が上がってくる。学習習慣がつく、こういうふうにやると当然のことだと思うんですね。ただ、そのことを求めようとしたときに、何がいるかということですね。教師が子どもと向き合う。一番は勉強ですね。それから生活指導というのもある。だから、学習や生活指導などで、教師が子どもと向き合う時間があってきちっとそのことに集中できるということがいかに大事かということだと思うんですよ。その保障をどうするか。そんな学校づくりというのはどう考えればいいか。そのことを校長が真剣に考えて教師たちの意向を十分に生かす学校運営をしていくと、そういうことではないでしょうか。教師は管理の対象物だというふうにしか考えない校長が多数を占めているというようなことでは、多数を占めなくてもいいですね、一人でもいい、二人でもいい、そういう人がいるようではこの方針は本来考えている趣旨とは違うことに使われてしまうのではないかなということを心配いたします。土曜日でしたね。NHKで長い時間テレビでやりました。私もはじめのほうは見れなかったんですけれども、びっしりは見ませんでしたけれども、ところどころ見まして、いろんな人が集まっているからいろんな意見が出て、結局、まとまった結論にはならなかったんですけれども、いろんな声が出るというところがいいことだなと思うんですね。私なんかとはまったく相容れない考え方のこともありましたし、それからなるほどそうだなということもありました。例えば先生に問題があるという声が随分あって、教師がだめだと、じゃあ教師を良くするにはどうすればいいのかということについて、それはもっと金をかけて学校の先生の数を増やして受け持つ子どもの数を減らせばいいんだという端的な意見ですとか。それから先生にもっと今私が言ったように子どもに向き合う時間を与えなさいと、それがそこへ至らないでいろいろ追われて結局子どもに向き合うのは最後になると、そういうことをさせておいて効果を上げようと言ったってそれは無理だよという意見もありました。現場をよく知っている人の場合は、今いかに教師が置かれている立場が大変かということを把握しているんですよ。だから優先は子どもだよと、子どもが第一だと、場合によっては、いろんな調査が来たとしても校長の段階でそれは降ろさない、自分で受け止めてどうしても出さなきゃならないのなら校長が書いて出す。それからこれは必要ない、ゴミ箱に入れるという、そういう選択は教育委員会にあってもいいと思うんですよ。上から来たものは全部学校に降ろさなきゃならないというふうには考えない。今の学校の状態からいけば、この種の調査はやっているんだから必要ない、そういう選択も必要だなということを思いますね。いかに教師が子どもに向き合う時間を多く作れるか、それから授業のための準備がきちっとされているか、そういうことではないかなというふうに思うんですけれども、いかがでしょうか。だから、いい先生になるために研修してもらうんだと。いいことですよ。だけれど研修、研修、研修と言って、これまた、外に出かける研修になっちゃうと穴が開くわけでしょ。開いた穴を誰が埋めるかという問題があるわけですね。そういうこともよくよく考えて、立派な教師にするためにどんどん研修をさせるということが必ずしも子どもにとってプラスになるのかどうかいう問題もあるわけです。そういうこともぜひ考えてみていただきたいということです。さっき、心のノートの話をしましたけれども、昔のことを考えてみてください。大分昔です。60年前ですね。戦前とか戦中とか言われる時代。男の子に君は将来何になるんだ。立派な軍人になります。判で押したように皆答える。そういう時代があったんですよね。だから、僕は予科練に行くんだというようなことを言い出したときに、親がそれを止めることができない。いくらやりたくないと言っても。それは国がそういう体制になっているからですよね。そういうことになってしまってからでは誰も何もできないですね。私は今こういうことを議会で発言しても誰からも文句は言われないですよ。お前は何を言っているんだと言うことは誰からも言われない。そういうことをきっちり守っていく必要があると思うんですよ。それには、その子、その子がしっかりと。いますよね、自主的にとか主体的にとか、そして自ら判断ができるとか。今日のやり取りした言葉の中にもありました。そういう子どもに本当にするのであれば、あまり道徳の時間を充実させるなんてことは考えない方がいいということを言いたい。私の言いたいことを多分、教育長はお分かりになっていると思うんですよね。そういうことを是非、考えていただきたい。ちょっと間違えば、今の子ども達が兵士になる年齢、20歳くらいですかね、なった時に、今のように自由に発言できるという空気が続いてあるかどうかということです。現在でも、この後で取り上げる、卒業式で君が代で立たないというだけで教師が懲戒処分を受ける。東京都はですね。もう首になるのではないかというところまでいっている。何人かの人は。それから、何を考えているんだというふうに、その教師の考え方が問題にされる。美唄でも地域の父母に後ろ指を差されるというふうになってしまっているんですよ。現実には。そういう姿が出てくるという時代になってしまっているんですね。現実は。だから、美唄の子どもの将来ということですね、美唄市民が責任を持たないで、誰も責任は持たないと思うんですよ。やはり美唄市民がしっかり美唄の子供の将来のことを考えなければならないと思っています。政権政党がやろうとすることを、丸々請け負って教育がやられていいのですかということなんですよ。そうではないと思う。だから教育基本法が変わったんだから、全部それに従ってやれよというふうな考え方にたつのはやめた方がいいと思います。そこら辺の、さっきも言いましたよ、法律改正があったんだから行政機関がそれに従ってやるのは仕方がない、仕方なくやるっていうのと、書いてあるんだから100%それでやるぞというのは大分違うわけですよ。書いただけだと言うのと書いたことは全部やるぞっていうのとは違う。今の校長の姿勢が極めて心配なんですよ。書いてあるんだからやるんだというふうになりかねない。その心配が非常に大きい。ですから、教育委員会は、まだまだ国の圧力というのはあるのかもしれないですけれども、地方教育委員会の果たす役割、そういうものを果たすことができる余地があると思います。そういうものをしっかり果たしていただきたいというふうに思っています。最近話題になった東京の杉並で、中学校が夜塾の先生を呼んで塾を開くというのが始まりましたね。ここに出ているんですよ。夜間塾と書いてあるんです。公立中学に夜間塾。そういう見出しです。あそこは和田中学校といいますね。藤原さんという校長です。藤原さんの発想なんですよね。夜間塾は。ちょっと、そのことを紹介した記事なんですけれども、こう書いてあります、夜スペというんですよね。夜のスペシャル。いくつかあるんです種類が、その一つが塾なんですけれども、多くの教師は夜スぺに反対、藤原氏は職員会議で一方的に意見を述べ反論も通じない。疲れて早く異動したいという教師も多い。和田中は、他の学校よりも不登校の子を適応指導教室に送る時期が早い、入学後直ぐのケースでもあり、学力アップに貢献できない子を切り捨てていく等々、地域の父母や教師から随分そういう声が出ているということです。この人は民間上がりですよね。リクルートから入ったんですよね。リクルートにいた人が校長になったわけです。いわゆる民間の論理で競争原理を取り入れるということですよね。こういうふうに校長先生が先生を支配するということになってしまったら、何ぼいい考えを持っている先生がいてもそれは活きないんですよ。ですから、校長の役割が非常に大事であるというふうに思うんですよね。学校が子どもに十分に教えるために機能する、子どものために十分機能するという条件を整える役割が教育委員会だと思いますから、是非、そういう意味でいろいろあるけれども、今年の執行方針が、教育委員会が考えている精神が活きるように是非ご努力いただきたいと思うんですよ。それには、キーポイントは校長だと思うんですよね。そこのところを是非考えていただきたいということで今一度お尋ねをしたいということです。それから処分の問題です。さっき答弁いただきました。法のもとの平等ということを言いますよね。法のもとの平等ということは、今回の場合は、懲役だとかそういうのではないですよね。処分は戒告です。刑事事件やなんかでは懲役何年などという刑がありますね。同じことをしたのに片方の人は懲役3年で、片方の人は懲役5年だと、そういう扱いは裁判所はしないんですね。さっき1時間と言う話をしましたけれども、1時間のストライキをやったらこれぐらいの懲戒処分、2時間ならこれぐらい、半日ならこれぐらい、そういうものがあるはずだと思うんですよ。ところが、道の吉田教育長の言葉では、公務員に対する目が厳しいとか、そういう時代にあってとか、そういうことを言っていましたよね。そういう時期にストライキをやるなんてとんでもないということなんですね。そうすると、時期が悪かったということになっちゃうんでしょうか。同じ1時間をやって重い処分を受けなければならなくなったということは。だからそういうものではないと思うんですよ。法律に従って罰するのであれば、同じことをやったのであれば同じ罰を受けるということでなければならない。かつては、教職員組合に対する処分は、まず幹部が処分されたんです。役員ですね。幹部処分ですよ。一般参加者を処分するというのはやはりそれなりの理由があったときですね。今回は幹部は処分しないんですね。役員は処分せずに一般参加者を処分するという処分の仕方をしています。考え方が変わったのか、法律が変わったわけではないですよね。これは法律を適用する立場にある人の考え方が変わったのではないかというふうに思うわけです。その辺は、私は法のもとの平等というその視点からすると、まずいのではないかと。1月にこのストライキがあったときに、新聞見つからなかったから持ってこなかったんですけれども、テレビでも高橋知事が直ぐに出ました。そしてとんでもない、厳しい処分をするということを言った。高橋知事が何で教職員について処分する話に発言するんですか。人任命権者ではないでしょう。だからこれはかなり意図的なものがあるなというふうに感じるんです。政治的ですね。政治的な意図がそこにあるのではないかと。そういうことが考えられない。だとすると単に処分だということで言っていくというのは、やっぱりおかしいのではないかというふうに思うんですけれども、いかがでしょうか。法のもとの平等という視点からして、違うのではないかということをお尋ねしたい。最後に、卒業式・入学式のことです。さっきお聞きしたんですけれども、教育長ははっきりお答えにならなかった。立たない人の調査をどういうふうにやっているんですかということをお聞きしたんです。事情聴取ではないという話をされました。いずれにしても、立った教職員、立たない教職員というものを把握しているんだということですね。きちっと。これは、おやめになった方がいい。そういうことは。どこの学校のAとBは立った、CとDは立たない、Bという学校のABCは立った、EFGは立たないとか、そういうリストを多分作っておられると思います。でもね、そういうものを作ってはならないんですよ。公の機関が。教育委員会と言えどもそれはだめなんです。だめだとどこに書いてあるか言いますよ。美唄市個人情報保護条例なんです。個人情報保護条例の第8条にこう書いてあります。「実施機関は、個人情報の取り扱いをする場合には、所掌する事務の目的達成に必要な範囲を超えてはならない。」これが第1項です。第2項、「実施機関は、思想、信条及び宗教に関する個人情報並びに社会的差別の原因となる恐れのある個人情報の取り扱いをしてはならない。」明快なんですね、だから、立った立たないという名簿を作ったら、個人情報保護条例違反なんです。この問題は、昨年、大阪高裁で枚方市の事件を一審が負けたのを、高裁は逆転で原告の訴えを認めたんですよね。市は上告しなかったんです。判決確定です。その前に枚方市はもう既にその調査をやめていたんですね。何年か前に。訴えの裁判が起こってから、やめたんです。ということは、個人の思想信条に係る問題を公の機関が公に取り扱って物事をやっちゃならないということなんです。そうすると、さっきお尋ねしましたね。どうやって調べるんですかということを聞きました。調べてはならないということになれば、これは調べられないことなんです。そこのところを今年の3月、4月と、どういうふうにされるおつもりかお尋ねをいたします。

答弁 教育長 村上忠雄(教育長は2008年6月まで)

米田議員のご質問にお答え申し上げます。まず1点目の美唄市の教育全般について、法令改正等に基づいてお尋ねいただきましたけれども、美唄市の教育につきましては、学校、家庭あるいは地域からですね、いつもいきいきとした子どもたちの姿、会話・声が聞こえるということが求められているわけでございまして、その実現のために学校はその機能を最大限に活かした教育を展開していくことが重要だろうと、このように考えております。平成20年度の教育行政執行方針の学校教育につきましては、「生きる力」の育成を「確かな学力の向上」と「豊の心の育成」、「健やかな体の育成」という3つの柱により育成していくこと、そして、その基盤は「信頼される魅力ある学校づくり」である、その基盤を支えるのが「教職員の資質能力」であるという文書構成で作成しているところでございます。いずれにいたしましても、美唄市の未来を担う子どもたち一人ひとりの自己実現を目指す教育を推進することは、いつの時代にあろうとも変わらない学校の使命であるという、そういった自覚のもとに、意欲あふれる教職員によって活力みなぎる学校教育活動が行われるように、私ども教育委員会といたしましても、努めてまいりたい。このように考えているところでございます。次は、教職員の処分についてということでありますけれども、道教委で最終的に判断するものでございまして、私ども市教委と致しましては、今回のこういった行為が公務員として禁止されている違法な行為であるということから、厳正な処分を求めて道教委に内申を求めたものでございます。それから、教職員の卒業式・入学式時における起立・不起立の問題でございますけれども、このことにつきましては、これまでの学校における議論経過を踏まえた上での校長・教頭による現認と私ども教育委員会の職員の見取りとあわせて行っているところでございますけれども、これまでも繰り返し申し上げておりますけれども、教員は学習指導要領に基づいて学習指導を実施するという職務上の責務を負っているわけでございます。児童生徒を指導する立場から、国歌斉唱時において起立することが望ましいという考え方の下に今後につきましても、その指導の徹底に努めてまいりたい。このように考えております。

質問 8番 米田良克

考え方についてはこれまでもいろいろお聞かせいただいていますが、それはわかります。ただ、最後にお尋ねをいたしました、個人情報保護条例による扱いの問題は、これは校長がやろうが教育委員会の職員がやろうが、そういうことをしてはならないと書かれている条例については、教育委員会がやることについては関係がないんだと。そういうお考えに立つのでしょうか。そういうことはできないと思いますね。ですから、法令によりということを常々おっしゃっている教育委員会の答弁とはちょっと思えないですよね。ですから今一度よく考えてご答弁をいただきたい。

答弁 教育長 村上忠雄(教育長は2008年6月まで)

先ほどもお答え申し上げましたけれども、あくまでも起立の指導、これは教員の職務上の責務ということでもございます。これまで、私どもは校長による職務上の起立命令ということもございまして、このような職務命令違反ということも実態の把握を行ったわけでございます。

出典:美唄市議会 平成20年第1回定例会 2008年3月10日 議事録 PDF(8ページ) 間違いを知らせる