猿払村議会 平成31年第1回定例会 2019年3月5日
インディギルカ号遭難者の埋葬地について
2019年3月5日、猿払村議会の一般質問で、野村雅男議員が「インディギルカ号遭難者の埋葬地について」質問し、村長 伊藤浩一が答弁しました。
- 質問者
- 野村雅男 議員
- 答弁者
- 村長 伊藤浩一
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
件名は質問の本文をもとに当サイトで付けたものです
質問 野村雅男
2番目のインディギルカ号の人達が、702名の方ですか、遭難されて、それの大部分の遺体がこの海岸に打ち上げられて、それのほとんどが浜鬼志別と知来別でそれぞれ火葬をされて、土の中に埋められたと、そういうふうに私達もお聞きをしているわけでございますし、場所等についても、古くからの私達のだいぶ先輩の方からお聞きしますと、大体場所も特定ができたのかなと、そのように思います。私ちょっと勘違いしましたけど、昭和46年に慰霊碑ができるまでは、それぞれの知来別にも浜鬼の墓地にも大きな4寸角か5寸角くらいの大きな弔場が建っていた記憶が私達もございます。ですけど、私達も少しずつ年になってきて、いろいろ考えてみますと、少しそういうところに埋められて、帰られなかった人方の慰霊を慰めてあげる、そういう慰霊碑も実際に埋められた場所に人里離れたところであれば別ですけど、墓地というすぐそばであるので、1年に1回や2回は皆さん方墓地に参ります。そういう人通りもあるところに埋葬された場所はあるわけですから、そういうところにそんな大きなものではなくていいですけど、記念になるようなものを作って上げられたらいいのではないのかな。私も記憶にありますけども、村のほうから提案あったのは分かっております。ですけど、そのときは、なんかまだちょっと、そういう気持ちにはなりませんでした。ですけど今少しずつ皆さん方のご意見も聞きながら、私はそういう慰霊碑を村、それから地域が協力しながらそういうものも作って上げたら良いのではないのかなとそのように考えますけど、今現在村長さんはどのようにお考えになっているのか、お聞きをしたいと思います。
答弁 村長 伊藤浩一
ただいまの議員のご質問の中にありました、遭難の関係つきましては、702名の方の遭難者の遺体は浜鬼志別の海岸でほとんどが荼毘に付されました。その多くは、本国に返すことができたものの、返すことができなかった、遺骨の一部が現在の浜鬼志別の大浄寺のところと、それから知来別の墓地のところに埋葬されているというふうに聞いております。過去の慰霊碑の建立などに、なんだかの形として残すことが妥当ではないかということで検討したことがありますが、管理面や金銭面などの負担などを考慮し、断念した経過ございます。また、平成28年にこの村のほうから非公式ではありますけれども、総務経済常任委員会の中で、話し合いをしていただけないだろうかという形の中で、ある程度のモニュメント的なものを、図面も出しながらいろいろご意見をいただきました。その場では結論をいただくような場面ではございませんので、議員さんの持っているようないろんなご意見の形で出していただきました。また、その以前にも、私も協働まちづくり推進課長のときに、そういうような案件というか議員さんからお話があった中で、実際に、当時の助役さんと現場を確認して、当時、お話を聞いた知来別の方々にいろいろ話を聞いた中で現状を確認しに行った経過がありまして、そのときにもそういうようなご提案を申し上げたんですけども、その時もそこまではいらんだろうというような形になってたような記憶がございます。そういうような状況の中で、また後ろ向きな答弁になってしまいますけれども、先ほどと重複いたしますけども、現在行われているインディギルカ号の慰霊碑での献花により、その方々も一緒に遭難者弔う形としてさせていただきたいというふうに思っております。以上です。
質問 野村雅男
村長さんの今の答弁ですと、作る考え方はないということで、今後もないということで。私も2年前ですか、出てきたときはあまりにも唐突な話だったので、自分の中の考え方がまとまらなかったこともあります。ですけど、今は作って上げたほうがいいかなと。それはいろんな形で財政とかそういうこともあります。ですから、無理に付けるということではございませんし、当然、地域の方々の考え方も十分に参考にする、あるいはまた私たちも自治会みたいな形で、お掃除でですとか、そういうことも買って出てやっていかなければならないだろうと、そういう考え方はしております。もしそういうものが作られれば当然、そこには異国の地で帰れなかった人方のそういう尊い命がありますし、私も40代ぐらいのときに、1回ハバロフスクとかウラン・ウデとか行きましたけど、1番先にご案内されたところは、日本人の墓地でした。本当に私達の大先輩方は、本当を涙を流して、その日本人墓地の中をお参りされた経緯もあります。私達も本当に胸にジーンと来るものはいっぱいありました。そこの人方もきれいに、私達が行く前にお掃除は草刈り、お掃除はされてくれたんだと思いますけれども、そういうような経験もありまして、私達もそういうお返しをするべきかなと、そんなふうに思いました。なかなか予算的にも掛かることですから、地域の皆さん方のそういうお考え方というのも必要ですし、村長さんもそういう考え方に変わっていただいて執行していただければなと、そのように感じます。次の観光についてです。観光につきましては、観光の施設と申しますか、さるふつ公園内、議会の中でも去年も視察をしました。ですけども、今さるふつ公園の中に建物がポチッポチと消えていって、あとまだ農業資料館も現在閉鎖中。それから風車についても、これ以上どういうふうな形で利用されるのかな。そういう考えというか、手のくだしようがない。そのままただ、このなんと言いますか、写真のバックとして、それは良いんではないかと。ですけども、以前あった牛のモニュメント、それも老朽化で取り壊しと。子牛とか、それから乳牛等とか、子供さん方が本当に来られる、私達もそうですけど、猿払村も基幹産業はなんなんだ。すぐ後ろにはもう広大な牧場があります。そして夏の間放牧されてる間は牛もおりますし、それはもう観光に来られた方々も大変満足をされて帰れることだろうと、そういうふうに思います。しかし、それとまた公園の中に、そういうモニュメントがある、ないというは全く違った話で、来た時に、この側で触れる。そして見られる。そういうものを私は復活すべきでないのかなと。それから、まだ、あれですけど、ホタテの大産地、日本の一大産地、世界でも有数の産地でございますので、今までホタテのそういうモニュメントというのは、なにもないですよ。せいぜい魚霊祭、いさりの碑、そこには貝殻がいっぱい乗ってますけども、それはそれで1つは記念になるものだと思います。しかし、そういうものも含めて、このモニュメントを復活すべきではないのかなと、そんなふうに思いますけど、いかがでございますか。
答弁 村長 伊藤浩一
ただいまのご質問にお答えをさせていただきたいというふうに思います。さるふつ公園内の稚内側にある施設につきましては、兼ねてから老朽化が著しい状況でありましたことから、順次施設の解体を行ってきた経緯があります。昨年も、議員おっしゃるとおり、乳牛感謝の碑を解体したほか、農業資料館も、現在閉鎖中となっており、寂しい状況になっているということは、私もひしひしと感じております。以上のことから、議員さんのほうから前向きなご意見等もいただきましたので、観光協会などと関係機関とも連携を図りながら今後、さるふつ公園の全体像について、ハード、ソフト面の両面から検討進めていきたいとふうに思っております。また、一昨年せっかくあそこの土地も購入させていただきましたので、そこも含めながら、今後あそこの公園についてどうしてかということも検討していきたいというふうに思っております。また、1つの例として、今議員さんからおっしゃられたこのモニュメントの復活だとか、いろんな部分、過去にもホタテのモニュメントをあそこに作って置いたほうがいいんではないのかというような意見もいただいた中で、私も当時担当でしたから、FRPですね、口が開いたような、よく毛ガニの大きいやつとか、ホタテの東北なんかに行くと大きいやつがありますから、そういうのも参考にさせていただきながらやったんですけども、大体経費2000万円ほど掛かったと当時記憶しております。そういう状況の中で財政的なことも鑑みながら、今後、この部分については検討させていただきたいというふうに思っておりますので、よろしくお願いしたいというふうに思っております。
質問 野村雅男
モニュメントですね、計画的に、今村長さんのお話ではホタテの大きなモニュメントには2000万円以上もしたということでございます。子牛とかは、たぶんそんなにしないと思うんですよ。ホタテもそんな大きなものでなければ、ただ、計画的にしていかないとなにをどうしていくのかということなんで、せっかく猿払村が日本でも1番のホタテの産地でございます。ですけども、なにもそのようなものが、料理とかそういうものはいっぱいありますし、まるごと館の中も水槽の中にホタテがあります。ですけども、それとまた表にそのようなモニュメントがあるというのは全く特別なことであって大きなものを作れとかではなくて、小さくても、少し数を作るとか、子供さん方が来たときに少し触って遊んだりなんなりできるようなものから、はじめていって、少し今まで記念になるものは、当然、日ソ記念館、そしてその農業資料館、そして牛のモニュメントですか、そしてあと何年持つか分かりませんけれども、今の風車があって近い将来になればどこかで、今でも老朽化してきてますから、そういうものに変わるものではないんですけど、今までないものの中で猿払の産業というものを、ホタテばかりではなくて、毛ガニとかあるいは鮭だとか、当然、この猿払にはイトウもおりますから、そういうものもところで登場する機会があってもいいのではないかなと思います。牛のモニュメントにつきましては、私は早く作ってあげたらといいのではないのかなと思います。ただ、本年度については、そういう予算にもなにも計上もありませんので、もう1度村長さんがどの程度私の質問に対して、本気で考えているのか、その辺お話をもう1回聞かしてもらっていいですか。
答弁 村長 伊藤浩一
ちょっと私の例の話が誤解を招いたようでございますけども、物の大小とか金額の大小ではなくて、そういうものが当時あったという形の中で、議員さんからおっしゃったとおり、大きなものをどんどん建てるのは非常に厳しいと思っています。ですからある程度のものを今後作るにしても継続的に複数年でやって行かなければ、非常に財政的に厳しいだろうというに思っておりますので、議員さんからせっかく今ご提案いただきましたので、今後きちんと検討していきたいというふうに、複数年で、単年度で一気に整備というのは非常に難しいでしょうから、どういうものがいいのかを検討しながら複数年で進めていきたいというふうに考えております。
質問 野村雅男
ぜひ、財政的な問題というのは、1番の問題ですから、そこの中でどういう計画をつくるか、そしてまた今村長さんおっしゃったように、計画を立てて、ぜひ、やっていただきたいなと思います。それからもう1つ、猿払村も本当に貧困の時代がありました。それに対して財政再建、あれに尽力をされた方々、また、ホタテなどの復活等に尽力をされた方々等の1つの物語と申しますか、そういう物語の中で、そういう人物像の登場はいかがなものなのか。これは提案ですから、考えてなかったかもしれませんけれども、そういうことも1つお考えをいただいて計画の中に入れていただければいいかな。それは今後4年間の中で開村100年に向けての課題もあります。その後の、観光の政策の中にもそのものが出てきてもよろしいのではないのかなとそんなふうに思います。これは意見ですので、ご答弁はありません。