深川市議会 令和6年第3回定例会 2024年9月3日
スポーツ都市宣言
2024年9月3日、深川市議会の一般質問で、宮澤孝司議員が「スポーツ都市宣言」について質問し、教育長 三浦浩二が答弁しました。
- 質問者
- 宮澤孝司 議員
- 答弁者
- 教育長 三浦浩二
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
質問 12番 宮澤孝司
次の質問に移ります。スポーツ都市宣言についてお伺いします。深川市スポーツ都市宣言は、昭和42年12月に制定されておりますが、42年というと、私も市長もまだ小学1年生で、その頃はまだスポーツに関してあまり知識がない頃です。スポーツ都市宣言の内容を知らない方も多いと思いますので、スポーツ都市宣言について少しお話しさせてもらいます。スポーツ都市宣言は、昭和42年12月15日に議決され、「深川市民であるわたくしたちは、スポーツを愛好し、スポーツを通じて健康でたくましい心と体をきたえ、豊かで明るい都市をつくるために、次の目標をかかげて、ここにスポーツ都市を宣言します。一つ、市民こぞって、スポーツに親しみましょう。一つ、市民こぞって、スポーツを楽しむ場所をつくりましょう。一つ、市民こぞって、スポーツをたしなむ機会をつくりましょう。一つ、市民こぞって、青少年を中心にスポーツを盛りあげましょう。一つ、スポーツをとおして、世界の人びとと手をつなぎましょう。」という内容であります。北海道での市町村におけるスポーツ・健康に関する都市宣言についての調査では、令和3年4月現在ですけれども、道内179市町村中47市町村が宣言をしており、空知では24市町村中10市町村がスポーツ都市宣言を出しております。道内の市で一番早く宣言を出したのは、苫小牧市で昭和41年11月、2番目が本市で42年12月となっております。本市におけるスポーツ都市宣言制定の経緯は、私も詳しくは分かりませんが、都市宣言後の昭和64年に、はまなす国体の開催が決まり、開催の前の62年に総合体育館が完成し、その後市民球場、市民テニスコート、陸上競技場、そして平成10年には武道場ができ、総合運動公園が完成しております。陸上競技場で開催され、市内全域から多くの市民が参加し行われていた市民体育祭も各地域の参加者の減少により中止となり、規模を縮小し、体育館でのスポーツイベントが開催されるようになりました。スポーツ都市宣言のイベントとしては、平成29年に50周年の式典が行われたのが近年開催された唯一のイベントであると思っております。全国的に新しくスポーツ都市宣言をされた自治体としましては、最近では長野県上田市があります。上田市は、広域合併により長野県の合宿の聖地である菅平も上田市になったのですが、私は議員1年目に総務文教常任委員会で行政視察に行っています。ちょうどそのとき、田中市長も同じ委員で、長野県上田市に行っています。少し話はそれますが、田中市長も上田市に若干ゆかりがあり、上田市の真田家から名前を取ったと聞いていますし、宮澤家も上田市から北海道に移住してきたので、親戚がたくさんおります。その上田市も令和10年に予定されている国民スポーツ大会の開催を機に、5年にスポーツ都市宣言をされ、関係イベントの企画など、積極的に取組をされております。本市もスポーツ都市宣言を今後どのようにスポーツ行政につなげるかも含め、ここで2点についてお聞きします。1点目は、50年以上前のことになりますが、スポーツ都市宣言制定に至った経緯について伺います。2点目は、宣言文の内容について、近年スポーツ合宿のまちとして深川を全国発信していますが、このままでいいのかについて伺います。また、50年が過ぎ、今年12月で57年であり、もうすぐ60年目になりますので、それに向けて式典、イベントなどを考えるのかも含めて、今後のスポーツ都市宣言のまちとしての考えについて伺います。
答弁 教育長 三浦浩二
スポーツ都市宣言についての質問にお答えいたします。深川市スポーツ都市宣言の概要につきましては、議員も触れられておりますけれども、深川市民はスポーツを愛好し、スポーツを通じて健康でたくましい心と体を鍛え、豊かで明るい都市をつくるためといたしまして、五つの目標を掲げて、昭和42年12月15日に、道内の都市では苫小牧市に続き2番目に議決されたところでございます。そこで、1点目のスポーツ都市宣言の制定に至った経緯についてでありますけれども、新深川市史によりますと、昭和36年にスポーツ振興法が公布されたことを機に体育指導員の設置など、地方におけるスポーツが飛躍的に発展する中で、本市では市制施行以来、まだ日の浅い郷土を先進都市並みに体育施設が整備されることを目指して、スポーツ都市宣言を議決したと記されているところであります。また、当時の記録では、宣言を具体的に推進するために、宣言の議決前に実施要領を作成しており、その実施要領には、スポーツに関する施設の充実、スポーツ団体の育成、スポーツ行事の促進の3項目を掲げておりまして、宣言直後には北海道青少年スポーツセンターの誘致や学校開放事業の促進、体育協会の会員の増加などが進められたとされているところであります。そして、現在に至るまで各種スポーツ施設の整備や団体の育成、多くのスポーツ行事の開催などに取り組んできたところであります。次に、2点目の改定を含めた今後の考えについてでありますけれども、質問にありました市はスポーツ合宿のまちとして取り組み、全国に発信しているが、宣言文と合致していないのではないかという趣旨のお尋ねと思いますけれども、このことにつきましては、スポーツ合宿の招致がもたらす効果は多方面で期待されるものと考えておりまして、一例を申し上げますと、合宿チームによる市民対象のスポーツ教室なども開催しておりますので、宣言の目標に掲げる市民がスポーツに親しんだり、楽しむ場所づくりにもつながっているものと考えているところでございます。また、宣言から60年目に向けたイベント等の開催などの考えについての質問がございましたが、スポーツ都市宣言から50年を迎えた今から7年前の平成29年度におきましては、深川市体育協会、現在は深川市スポーツ協会の名称になっておりますけれども、この協会の創立70周年等の記念式典の席上をお借りし、深川市スポーツ都市宣言50周年記念表彰と題して、宣言を実現するために多大な御貢献をいただいた5人の方を表彰したところでございます。3年後の60周年に向けましては、今後関係する方とも協議をする中で、開催の有無を含め、しかるべき時期に判断してまいりたいと考えているところであります。いずれにいたしましても、本市のスポーツ都市宣言は、今も色あせることなく本市のスポーツ施策の根幹を成すものと考えておりますので、引き続き宣言に基づいて各種のスポーツ施策の推進に努めてまいりたいと考えているところでございます。