厚岸町議会 平成14年第4回定例会 2002年12月11日
(1)床潭漁港について/(2)厚岸町と釧路町の境界について/(3)学校用地について/(4)津波が発生した場合の避難場所について
2002年12月11日、厚岸町議会の一般質問で、塚田丈太郎議員が「床潭漁港について」「厚岸町と釧路町の境界について」「学校用地について」「津波が発生した場合の避難場所について」について質問し、町長、教育長、水産課長が答弁しました。
- 質問者
- 塚田丈太郎 議員
- 答弁者
- 町長、教育長、水産課長
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
議員が最初の質問で述べた件名は 4 件あります。1回の登壇で続けて質問しており、議事録の中に件名ごとの区切りが無いため、1件の中に並べています。件名は議員の発言から取ったものです。
質問 2番
私はここで漁港について一般質問をするわけでございますけれども、執行者におきましてこの工事が波の入らないように仕上げなければならないことが、逆にいつまでたってもこの漁港が使用できないという現況の中で、見るに見かねてここで4回目の質問をいたします。私は、平成13年の1月定例会におきまして、この漁港について設計に誤りはなかったのか説明を求めるという質問をいたしましたが、担当の答弁者によりますと、この漁港については今まで41年間で46億円の事業費がかかっているわけでございますけれども、安心して船が係留できないということが問題でございます。そもそもこの経過を見ておりますと、担当者は漁港をつくるというのはどういうふうにつくるということになるのか知っているんだろうかと。しかも、そこに来て地元だとかといって、一部の漁業を巻き込んでやっているわけで、この結論はいまだもって船がつけられないし、しかも図面にあるように離岸堤もまだ入っております。この漁港は本当にこれからの沿岸漁民の窓口となっているわけでございますけれども、今から考えてみますと、前に平成7年ですか、津波が来たわけでございますけれども、この漁港はなかったから今はよかったけれども、しかしながらこの漁港があることによってまたぞろこの津波被害が出るということはできるわけでございます。その設計は、前には津波が来たときにはこの漁港がなかったので、この海岸の一部の方に津波の襲来がありまして、これがその当時たまたま雪がある年でありましたので雪があったわけでございますけれども、このことについては雪があれば床潭の半分以上は壊滅状態になったんだろうと思いますけれども、幸いにしてこのあたりの時期には大体50センチぐらいの 3月でございましたのでしばれた雪があったので、恐らくその辺で終わったんだろうと思います。私の家も恐らくこれはつぶれるだろうと思いましたけれども、船が大体そこの向かいの家の前でようやくとまったから、隣の家も破損させないで済んだんでありますけれども。このような厳しい状態の中であったわけでございますけれども、そのためにはどう考えてみても、今漁民の方々はこの漁港をひとつ頼りにしておりますけれども、今見ておりますとこの漁港は昆布をとる人によってつくられているということでございます。したがって、大体波は南東の方向から来るのが小島と大黒の間でございます。たまたま、東南東から来ている波が漁港に入る一番危険なところでございます。津波も、したがって東南東のところから入ってきているわけでございます。前面には仙鳳趾という尻羽という浅瀬があるので直接には入ってこない。次には大黒、小島があるのでこれも入ってこない、南東に向いているわけでございます。しかし東南東の方向だけはあいているわけでございます。したがって、27年の津波が来たときにはこれから入って床潭に入ったし、そしてまた後、8年ぐらいたって来たチリ津波のときには、結局アメリカから来た津波でございまして、このことについては床潭海岸は何も異常なくスーと通っていって、苫多とぶつかって水産高校のところに帰っていったと、こんな程度で終わったわけでございます。津波の来る場所は大体私は決まっているんだということを言えるだろうと思います。それは、十勝沖から来るときには床潭に入って、それから湾の中に入っていく。アメリカから来たときには、苫多とぶつかって湾月町にはね返っていくと。真竜の海岸からは津波の起きるようなことはないわけでございまして、津波の来る場所というのは大体決まっていると。しかし、そこについて現況を見ますと、奔渡あたりの避難所のつくってあるところには津波の来ない高いところにつくっているわけでございまして、こういったことについてはここにもやはり問題があるだろうと思うわけでございます。そこで私は、津波の来ない方法になるととにかく入り口が問題だと。何年やってもこれでは同じことだと。投資が41億円ぐらいかかっているということは承知しておりますけれども、このことにしてどうしてこの漁港が41年もたって使えないようになっているのか。恐らくその担当者は漁港のつくり方について、上部の方と相談しながらもしておるんだろうと思いますけれども、つくることを知らないんでないだろうかと。そこにたまたま出てくるのは期成会という団体でございます。これは民間でございます。これは責任も何もないわけでございます。思いつきでやっているような現況でございます。行政が行うことには組織の中でやはり責任を持って事業費をつけ、そしてまた計画的にやっていかなければならないけれども、何だか担当者がわかっているのかわからないのか、漁港をつくっていることは同じことばかりやっている。というのは、素人にもわかると思いますが、波の来る方をあけているということは、これは波が来るのは当たり前で、漁港の中に係留ができないことは当たり前でございます。これはどんな人、山の人でもわかるわけでございます。波の来る方にやはり防波堤をつくらなければ安定した係留ができないわけでございます。ただこれだけのことでございますが、ここにおいて私は今長々と話をしましたけれども、現実においては床潭の人は、今の漁業者の中では昔は小さい船で昆布をとっておりましたけれども、最近は5トンぐらいの船が20隻ぐらいできているわけでございます。これはやはりサンマの流し網とか何とかということを思いながら、やはり昆布だけでは生活できないだろうと。せっかくつくってくれた漁港をやはり活用すべきだという考え方の中で、やはりこれからの沿岸漁業の計画もしておるんだと思いますが、これはやはり当然だと思います。少なくとも、最近では沿岸漁業者の振興を図らなければその地域の発展がないということは言えるわけでございます。末広のあたりは昆布だけで そんなような仕事のする場所でもないし、また係留するところもないわけでございまして、そういったことを考えると、やはり全体的には少なくとも床潭の漁港を利用するということが一番ベターだと思うわけでございます。こういった考え方の中では、このことを踏まえながら、どうしてこの漁港ができないんだということについて、第1回の質問をしながら、あとは2回あるわけでございますので、その都度また質問いたしたいと思いますので、まずこれをもって第1回の質問とさせていただきます。
質問 2番
それから、次は釧路町と厚岸町の境界の問題でございます。今は昆布森と厚岸町と合併したけれども、知方学というあの辺の地域のときにはこのことが 今加藤正一さんがおったころでございますが、このときについてはこの境界が昆布も老者舞のあたりまで自由に行けたわけでございますけれども、だんだんやかましくなって乳牛の問題が出てきまして行けなくなった。そのようなことでございまして、この漁港は海岸のいわゆる昆布森との合併の中で、そういった行政区域というものはできてきたんだと思いますが、私が先輩議員と一緒に行ったときには、大体十町瀬あたりまでが厚岸の行政区域であったのではないかと。前の5万分の1の図面を見ますと、その辺がうやむやになっているわけでございますが、昆布森と合併した時点ではそこにある程度線が引かれているわけでございます。これもやはり問題があるだろうと。私は前に総務委員長のときに釧路支庁に行きまして話をしましたところ、支庁行ったら松野支庁長さんが言うのには、厚岸町さんはこれについて結局誤って 200町歩が柳田牧場に入ったときについては、その問題についてこの損害はどうするんですかと言うから、私はくいについてはそのとおりにしますけれども、損害賠償については、このことについては町長のやることだというふうに支庁長に話してきましたが、それから引き続きずっと40年ぐらいになっているわけでございます。今まではいろいろ経過もありますけれども、大体町村会、行政区域というものは30年から40年かかっている、経過していることは珍しくないわけでございます。そういったことについてこれからは質問されるけれども、私も協力しながら、町長ともども、この行政区域についてはやはりここで決めていきたいものだと、こう思っております。それから、床潭小学校の敷地についてはどうなっているんだと。先般、課長と係長がちょっと家に来ましたけれども、ただ図面を見せられてこうなっているんだと言ってみてもそうはならないわけでございます。このことについては、少なくとも学校の行政区域というのはやはりしっかりくいが入っていなければ校長だって管理ができないだろうと思います。ただ、図面の中で広げてこの辺だなんて言ってみたって、そうはならないわけでございます。聞くところによりますと、私たちが子供の時代には、今床屋さんの裏の方があそこに 100坪ぐらいがあったんだろうと思いますが、ここが小学校の敷地でありましたけれども、今のところに来ましてからもう30年、40年ぐらいたっているんだろうと思いますが、このことにつきましてはやはり、何といっても学校の敷地についてはそのようにしてはっきりしてもらわなければならないと。たまたま、中川ヤスエさんという方から 3,300坪を寄附されたんだということだけは私は知っているけれども、その辺はやはり行政担当者でなければどこからどこまでが学校の用地になるのかということについては私は専門屋さんでないからその辺はわからないわけでございます。それから、もし津波が来たら児童・生徒はどうなるんだということを今考えてみますと、やはり21年の3月に津波が来たときには津波が押し寄せたときに3トンぐらいの船が学校の橋を壊さないで、その上から船を置いたわけでございます。それだけに、橋があるとしっくいから盛り上がっていって、あの橋を壊さないで、漁村センターのところに置いたのは事実でございます。しかも、そういったようなことになりますと津波というのは非常に早い速度でやってくるわけでございます。そういったことになると、この間 昨日ですか、学校の先生に聞いてみたら、いや神社のところに逃げていくようになっているんだと言うが、そんなばかなことにならないわけだ。神社のところに行くといったら、やはり 200メートルぐらいあるだろうと思いますが、1年以上の子供を連れて手を引いていくと、そんなわけにはいかないわけでございます。現況は厳しいわけでございますが、この辺についてもどうするのかということをやはりきちんと調査しながら、最短の時間でやはり避難させるということも考えていかなければならないし、またその場所もありますということは私も言えると思いますので、やはりそのことも踏まえながら、私は小学校の生徒、住宅にいる先生方の避難場所をどうするんだということもやはりここで決めておかなければならないんだということを含めまして、私は4つの質問をいたしまして、第1回目の質問を終わりたいと思います。
答弁 町長
2番、塚田議員のご質問にお答えをいたします。1点目の漁港の関連ですが、40年も経過しても安心して係留ができないというご質問でございますが、既に承知いただいていると存じますが、第一種床潭漁港は昭和26年に第一種の漁港として指定を受け、昭和35年の第2次漁港整備長期計画時より修築事業さらに改修事業として42年間にわたり約48億円の事業が投入され、随時整備が進められ今日に至っているところであります。また、平成6年度からの第9次漁港整備計画におきましては、東側に漁港を拡張するための西防波堤の延長、南防波堤、護岸、物揚げ場、泊地のしゅんせつ、漁港道路、用地などの整備が行われ、それぞれ各施設の完成とともに利用がなされております。平成14年においては、新しい漁港漁場整備法の施行に伴う地域水産物供給基盤整備事業により、外防波堤、護岸の新設や既設防波堤の改修が行われており、平成17年度の完成をめどに外郭施設として南防波堤、係留施設としての船揚げ場、その他の施設として漁港道路、漁港用地の整備が計画されておりますが、今後とも漁港整備の促進を図るとともに、地元の要望の早期実現に向け鋭意努力をしてまいりたいと考えておりますので、ご理解を賜りたいと存じます。2点目の、厚岸町と釧路町の境界についてのご質問でございますが、この境界問題につきましては以前にも幾度か2番議員にご質問をいただいているようですし、私が町長就任後の昨年9月の第3回定例会でも16番議員から質問をいただいております。このようなことから、過去の経過等につきましては既に十分ご承知いただいていることと思いますが、この件については以前の議会でお答えしたとおり 100年以上も前からの経過の中で解決に至っていない大変難しい問題であります。今日まで双方平行線をたどり、その後の協議のきっかけも難しい状況で推移してきておりますが、この解決に当たっては市町村合併という行政課題が発生したときがチャンスになるのではないかとの考え方を示させていただいております。この考え方を持ちまして、現釧路支庁長との懇談の中で、問題の解決に向かって支庁長の調整役の発揮をお願いしているところであります。また、釧路町長とも相談しておりますが、具体的には至っていない状況であります。3点目の学校用地につきましては、教育長より答弁があります。次に、4点目の津波の発生した場合の避難場所についてのご質問でありますが、床潭小学校の児童につきましては平澤宅裏山に整備しました避難場所へ逃げることとなっており、本年9月5日に実施いたしました厚岸町防災訓練時におきましても、床潭小学校児童は教師の避難誘導のもとでここに避難を行っております。また、床潭小学校の教員住宅入居者における避難場所につきましても、距離的な面から平澤宅裏山が適当と思っております。以上でございます。
答弁 教育長(教育長は2004年9月まで)
おはようございます。私の方からは質問事項3点目、床潭小学校の敷地についてのご質問にお答えいたします。床潭小学校の学校用地につきましては、現在の校舎及び屋内運動場の移転改築に当たり、学校用地に隣接する民地2件、5筆を学校用地として平成6年度に取得した際、学校用地測量委託を行って用地確定を経て現在に至っております。学校用地と民地との境界には境界ぐいを埋設したほか、正面側及びグラウンド北側にはフェンスを設置し学校用地の管理に当たっているところでありますので、ご質問にあるような校地を他に利用させている事実はございませんので、ご理解願いたいと存じます。以上でございます。
質問 2番
今、町長から答弁ありましたけれども、厚岸町と釧路町との町村界について問題があるわけでございますが、ここで私が一部資料を持っておりますので参考にしていただきたいと思うわけでございます。普通交付税の算定に用いる基礎数値、市町村面積にかかわる協議についてという議題でございますけれども、平成2年度普通交付税の算定に用いる市町村面積は建設省国土地理院が公表した昭和63年10月1日現在の市町村面積とされており、平成2年度の普通交付税の算定に用いる基礎数値、市町村の面積については釧路町と厚岸町との合計に今年度の算定に用いた面積で昭和62年10月1日現在により案分した下記の数値を用いているところでありますということは、普通交付税算定上の協議であって他のことに影響を及ぼすものではないと。中身を見ますと、釧路町の面積は252.57平方キロメートル、厚岸町の面積は734.72平方キロメートル、合計して987.29平方キロメートルでございます。このことについては示されているわけでございますが、これはやはり少なくとも釧路町の区域と厚岸町の行政区域の面積が違うわけでございます。今後これらについては、やはり厚岸町は厚岸町としての行政区域の中においてはこのことについて主張していかなければならないんでないかと思うわけでございまして、先ほど申し上げたように、少なくとも町村の境界というのは30年から40年ぐらいかかるんだと言っておりまして、そう簡単なものでないということは承知しておりますけれども、やはりこのことについては今後町長の考え方、どのようにお考えになっているか、これをひとつ示していただきたいと思うわけでございます。
質問 2番
一つ一つやっていくということになりますと時間がかかると思いますので。それから、最初質問した漁港の問題でございますが、例えばそこにいる北村課長に言わせるとまた同じことだと言うけれども、現況の中では床潭の人が一番困っているのは漁港が使えなくて困っているんだ。漁港というものは、やはり少なくとも防波堤ができればその中に係留して安心して船をかけておくにいいけれども、この間の21号台風のときにも私は見ておりました。というのは、あなた方波があったとき浜に来て見たことあるか。なぎの日見てたって、どこから波来るかわからないぞ。やはり行政はね、真剣になって漁民のことを考えた中の行政でなければ、やはりこれは誤解されるよ。この前もしたまた同じ質問だとあなたはそう言うけれども、ここに入ってられないと困っているんだから、そのために質問しなければならないんだ。それで、しかも期成会がやっているんだと、こういうことなんだ。期成会というのは民間団体で行政権もないんだわ。今期成会長さんが浜行って、協成建設に指示してやっていたぞ、昨日。こんなばかなことが通るのかと。あとは地元だ、地元だということをあなたは言っているけれども、地元ということは津波が来たときにこの現況を知っている人はいるのかと言うんだ。課長だってまだ生まれてないときでないのか、昭和27年といえば。だから、そういうことでもっと、やはり責任者になれば温かい行政を行ってもらわなければ困るんだ。ただぺらぺら言って、そのとき多数決だなんて言っているけれども、この前の答弁書見ているとそういうことなんだぞ、実際問題は。だから、そんなことでは安心して船を出せないんだと。というのは、さらに細かく言えばこの漁港というのは昆布とるためにできているんだ。それはどういうことかと言うとね、昆布とるときには小島の人と末広の人の小さい船なんだよ。この人方がなぎになったときに初めて昆布とりますよと、こうなるんだ。この人方が指導的にやっているんだよ。今の船は立派な船になって大きなの持っている。しかし、その人方は対象じゃないんだ。小島と末広の人がとらなければ、その日は昆布はでれないということになるんだ。そういったことを考えた中では、やはり昆布の行くとき我先に早く行って、そこにアンカーをやって昆布とるときの、そっちの方に行けるようなところに入り口が向いているから、ちょうど波が来るところが入り口になっているから、これはやはり少なくとも難しい専門語で言わせるとイースサウスイースでいかなかったら波が入ってくるんだよ、これ。あなた方波が入ってくるか入ってこないかわかるのか。入っていったらイースサウスイースで入ってくるんだ。ここに波が入ってくるんだよ。小島と大黒はね、サウスイースだ、あれ。そのことをわきまえていなければ、風だけで 風は天気のいい日、なぎ風も西風だ、西よりの風だ、これは天気風だよ。波の来るのは、少なくともしけるときにはね、大きなしけは昔で言えばうしとら門と言うんだ、これを。というのを今言っているのがノーイースだ。昔で言えばうしとら門と言うんだ、これ。今のはやりで言えばイースサウスイースだ。だから、そういったことを考えて、一番大きいしけは北東の風からしけるんだよ。というのは、わかるんだよ大体。西になれば天気になるんだし波もおさまるんだよ。北の近くから約 180度ぐらいで回っていくんだ。この間はしけるんだよ。だから言うんだ。しかも、床潭の図面を見ると西と東と、どっちが西になっているんだ。こっちの方の海に向かって左の方が東だよ。あなた方の図面見ると、これも西、こっちの方も西になっているんだ。実際問題、西と東の区別わからないんでないのかと。図面見ていると海に向かってこっちになって、左の方は東に右の方が西なんだ。それがこっちのも西なんだ。と言うのは、これは非常に風と波に支障が出てくる問題だから特に私は話しているんだよ。だから、一番大きなしけはイースサウスイースから吹くんだ。まちがえましたノースでないサイエス、サウから出るんだ。だからそのことは結局、それを全体的に考えてそこ見れば、あなた方大体前に出て、この漁港というのはどうなってどうしけるんだということをきちんと考えてやっていれば波の来る方に防波堤をつくっていかなかったらこの漁港は何回言っても通らないんだよ、できないんだ、これ。46億円もかかっているけれどもできないんだ。しかもね、今白糠ですか。漁港の種類というの知っているか。第一種漁港というのは床潭の船入れ場だ。第二種というのは避難港だよ。第三種というのは全国的な今の湾の中にあるこの漁港だよ。避難港のあの条件の悪い外海であっても白糠はどうやらあそこは安定しているんだよ。床潭の漁港いまだもって。しかも床潭の漁港は湾の中は平静区域だ、外海でないんだよ、平静区域なんだ。しかも、前に大黒があり小島があるんだ。それに尻羽の瀬もあるんだよ。そういった立地条件のいいところでこの工事がどうして波の来ないようにできないんで、今まで46億円もかかってもこんなようなことになって。漁民の人が今困っているんだ。最近はね、5トンぐらいの船を持っている人が20そうぐらいあるよ。それはどういうことかと言うとね、昆布とる前にサンマを刺し網でとるんだということ。1千万もとる人がいるんだよ。やはりこういうことに着眼しながらね、産業形態というものをつくり上げてやっているんだ。そのためには漁港が必要になってくるんだ。だけどこの漁港は係船できないんだよ。だからそのことを再度質問しますが、課長もそのことを腹に据えて、波の来ない方向に漁港をつくってやるんだと、喜ばれるようにしたいんだということを考えていただきたいと思うわけでございます。それと、再度今言いますが、大体今の児童の避難場所、町民の避難場所については、大体今聞いているといわゆる神社のところまで学校あたりも避難させるんだと、こう言っているよ。ところが津波というのは速度が早いんだよ。このことを予測してあなた方考えたことがあるか。しかも、自分の命は自分で守ると書いてあるんだ。それはそれで理屈で言うけれども、実際問題、やはり少なくとも小学校1年生の児童・生徒がいるんだよ。そこで聞きますと神社のところに行けばいいんだと、こういうふうになっているんだよ。あそこまで行くと、1年生の生徒あたりは何分かかるんだと、少なくとも15分や20分かかるでしょう。だから、そういったことを考えながら、やはりきちんと対応を教育委員会もやってもらわなければならないということを私はあえて言わなければならないと。しかも私はおととい見たんだ、学校のところ。そうするとね、今の川は浅くなっている、もう。河川改修したから。そういったようなことで、浅くなっているから、最短距離がやはり学校のわきから簡単な30万円か40万円の橋をかけてやると 車通るところじゃないんだから、最短距離でやるとね、これはもう来たと言えば5分以内で避難できるんじゃないかと思いますよ。だから、そういったことを踏まえながら、全体的に考えたなら、津波が来たら子供をどうするんだと。先ほどから言っているように、津波というのは川が一番危ないんだよと、川がなければいいんだ。ただ学校の計画のときにあそこに屋体をつくったり どうしてこんなところにつくったのかと思ったんだ、私は。だけれども、屋体つくってしまったからどうにもならないと思いますが、前の校舎はあそこにつくったときには津波には何も関係ないんだ。そういったようなことも考えて、ここ津波の来るところだから川が危ないというから、やはりここは校舎の設置する場所については適当でないということも含みながら、やはりそういったようなことを考えて校舎の改築はやらなければならないと思います。そういったようなことで、少なくともやはりこのことについて再度答弁していただきたいと思うわけでございます。そのことについては、教育委員会も心してやはり答弁していただきたいと思います。人命ばかりでない、子供というものは特に、しかも住宅には家族がいるんだから、そういったことを踏まえて少し措置して避難させていただきたいと思います。このことについて心配のないようなことをやっていただきたいと思いますが、このことについて再度質問いたします。
答弁 町長
再質問にお答えをさせていただきたいと思います。まず、私からは境界問題についてお答えいたします。あとの問題についてはそれぞれの担当課長から答弁をさせますので、よろしくお願い申し上げたいと存じます。厚岸町と釧路町の境界問題につきましては長年の懸案問題でございます。両町の主張については塚田議員もご承知のことと思いますが、私からあえてお話をさせていただきたいと思います。釧路町の主張は、明治38年から44年までの連絡測量の結果による区域では明らかに昆布森区域であるということであります。昭和16年の測量の結果、誤った測量による境界ができたというのが釧路町の主張であります。厚岸町の主張は、明治38年から44年までの連絡測量は一部不明確であり誤りである。昭和16年の測量結果が正確である。ごらんのとおりに、お互いに相対立する双方平行線の見解の主張を行っておるわけでございまして、これが現在続いておるわけでございます。私といたしましては、先ほど答弁いたしましたとおり早急にこの問題は解決をしなければならない、そのようにも考えておるわけでございます。経過を調べましたところ、昭和40年9月の段階で釧路支庁で釧路町と厚岸町、そして釧路支庁が中に入って協議をした経緯があるそうでありますが、このときも物別れという事実がありますので、私といたしましては早急に釧路町長とお会いをいたしこの問題の協議をさせていただきたい。そしてさらに、釧路支庁長には調停、裁定ということでお願いを申し上げたいと、そのように考えておるわけであります。さらにまた、普通交付税のことでありますが、今ご指摘がございましたとおり案分であります。そういうことで今日交付をされておりますことをご理解をいただきたいと存じます。
答弁 水産課長(水産課長は2004年12月まで)
塚田議員のご質問にお答えをいたしたいと思います。現在、床潭漁港の整備が進められておりますけれども、波の来る方向に港口を設けているということで、いつまでたっても漁船が港を使える状態にはならないのではないかということのご指摘でございます。この漁港の整備に当たりましては構造的な物等、設計等につきましても、以前にもお話をさせていただいておりますけれども地域からの要望、とりわけ地域には床潭漁港海岸保全促進期成会というこういう組織が昭和59年に組織をされまして今日に至っております。これらの期成会の皆様方が地域の漁港の問題、海岸保全の問題等を含めましてですね、我々行政側に要望をいただいているわけでございまして、その要望を受けまして私どもが漁港整備の要望ということで北海道に申し上げまして、それぞれ北海道の技術サイドで事業の効果、さらには設計の根拠等を国の水産庁の方へ整備計画の内容をご説明を申し上げまして、国から整備計画のご承認をいただいて現在進められております漁港整備計画も平成17年度をめどに総事業費15億8,000 万円ほどを事業費といたしまして、現在進められておるところでございます。ご案内のとおり、平成14年、今年度の床潭漁港の工事内容につきましても、現在外防波堤25メートル、さらには護岸が40メートル、既存の西防波堤の改修整備が62メートル余りと、事業費といたしまして2億 4,000万円ほどを投じまして現在進められているわけでございます。ご指摘の港口の関係でございますけれども、この外防波堤につきましても過日の北海道の技術サイドでシミュレーションをいたしまして、港口の造波の解消に向けてそのシミュレーションの結果、60メートルの外防波堤の設置が効果的であるという判断もされております。加えて、これから船揚げ場の整備もございますが、それらに係ります護岸、それから防波堤と。この防波堤の延長、さらには防波堤のいわゆる角度、これらにつきましても造波の解析の結果に基づきましてそれぞれ角度等の位置等が決定をされていると。こういったことで、17年度完成めどに現在進められているところでございますので、安心して使える港がいつできるんだと、こういうご指摘でございますが、私どもも円滑に事業費がついて早急に漁港が整備されるようにですね、鋭意努力をしてまいりたいというふうに考えてございますので、ご理解を賜りたいと存じます。
質問 2番
再度、町長に質問いたします。この町村界について今の釧路の支庁長と話しながら長々した結果は平行線だったと、こういうことでございますけれども、私の先輩である堤さん、それから菅原さん、水口さんが道にこの話で行っておりましたところ、ちょうど昼飯になったものだから、昼ご飯の時間にちょっとその図面貸してくれと言って、外に持っていってはだめだと言ったけれども外に行ってコピーにしてとってきたんだそうです。そのことがあるものだから、私が総務委員長のときに釧路支庁長のところに行って話しましたところが、先ほど申し上げたように、厚岸町さん、このことについては 200町歩ぐらい間違ってしまったという 柳田牧場ですね、 200町歩間違ったという現実の中では、それではそのことについて厚岸町さんがこのことの損害を取るんですかと言うから、私は行政区域だけ確認しておくだけで取るのは町長職だと。損害取るのは町長がやることであって、我々議員がやることでないというふうに話してきました。その後、やはり少なくとも今の話からいきますと、今の町長と澤田町長の話では大分話がずれていると。現実の中では厚岸の行政区域というのはこうだというところは、やはり柳田牧場の 200町歩が間違ったというところは図面でやはりあるそうでございます。その根拠に基づいてやはりやったことでございまして、何かしらそのことに触れないでやったものだから、行政区域もおかしくなって、今の支庁長ではなかなか平行線になったということでございます。このことについていつまでもやっているわけにいきませんで、今後そのようなことを参考にしながらですね、ひとつ町長に再度いろいろ支庁に行ったときに、あるいはまた支庁長と当事者厚岸町との間でもっと深めた中で、やはり話をしながら理解していただきたいものだと。相当面積に開きがあるものだから、この行政区域については厚岸町としてもすぐに、行政を行う場合にはやはり町としても非常にやりやすくなるだろうと。特に昆布についてはね、昔はオシャマップで自由にとったものです。十町瀬の端まで行かなかったけれども、最近はこの七、八年になってからにゅうぎゅうというのが出てきたんだよ。にゅうぎゅうというのは入会ちょうですものね。だから、少なくとも今度は向こうでは、おれらのところだという主張をしてきたんだという経過については、やはり行政区域に問題があったんでないのかということを考えた中では、やはりこの辺も含まれているので、少なくとも町長もそういったようなことを含めた中で考えながら、漁民の立場にもなって、やはり話をしていただきたいと思うわけでございます。それから、児童・生徒の避難につきましては、最近は津波の来たときには雪があったんです。最近は雪降らなくなったけれども、大体雪が50センチはあったんだろうと思う。これはやはり3月4日だから凍結しちゃった、路面がね。これがなければもっとやはり床潭では大きな被害になったんだろうと思います。雪が50センチぐらいありましたから、これで大分違ったけれどもね、これがなければさらにまた大きな被害もあったんだろうと思います。そのことを触れた中で、やはり学校の避難については……教育委員会が考えているように、津波というのはそう悠長なものでないよ。私も初めて津波というのはね 今度初めて知ったんですが、大体私たちの聞いている範囲におきましては、津波の来るときには潮が引くんだということでございます。そういったことで聞いておったけれども、十勝沖の津波のときには何も引かないと。含めて、やはり震源地の遠いとき、アメリカから来たときには潮引いたと。震源地の近いときには潮が引かないということだけはこの目ではっきりわかったわけでございます。そういったようなことを含めながら、やはり検討しながら、学校におととい行って聞いてみたら、やはり神社のところに逃げていくようになっているんだと。しかも、今の高島さんのところに決まっているという話は聞いているけれども、とにかく避難場所にお願いしたいと言えば簡単なところばかり先にやるんだ。だけど、今度言った小松さんと佐藤さんと、それから金田さんのところ見たら、やはり地権者は上田さんや何かであったんだろうと思います。その辺はそう面倒ではなかったんだろうと思いますが、これはやはりちゃんと鉄柱でもって組んで、すぐじいさん、ばあさんでも上がっていけるようになっておりました。私見てきたよ、この目で。それはしっかりできておった。しかし、そこについて少なくとも行政は住民の生命、財産を守るんだという見地からいきますと、一体生命守るというのはどうなるんだと。財産を守るのはどうなるんだ。生命については今言う避難場所もしっかりしたから、これはすぐ関係なくやれるわけでございますけれども、財産については持って帰るわけにいかない。だから私は言う。このままだったら、津波起きたら漁港によって住家が相当やはり被害があるよ、これ。しかも、この漁港は口があいて真ん中でとめてあるんだから。下から入ってきたやつはみんなここへ来て、逆に家の方に上がっちゃうんだ。特にこの辺の浜は面積の奥行きの狭いところでございます。すぐ上がってくる。だから奥行きの狭いところだから、今後はあそこでとめてあるから。遠藤さんのあたりでとめて、この漁港はあと東側あけてあるんだから、グーと行ったら今度は真っすぐ行かないで、その上に上がってくるよ。そのことも考えてやっているのかと。そのためには、少なくとも漁港の修築については配慮しながら、今言う船揚げ場とか何とか立派なこと言っているけれども、現実においてはそのことがわからないのでないのかと。とにかく波の入ってくるの止めなかったら、入ってきた波は漁港の中に上がっていくんだよ、家の上に。今までと違うんだ。あなた方仕事やるうちに、こうなったらどうなんだということを考えながらやっているのか。その辺だ、私は。ただ、北村さんの書類見ると、少なくとも避難するのに自分のことは自分で守るんだと、こう書いてある。これはこれでいいよ、理屈に合うんだから。だけれどそんなものではないよ。少し温かい身の入ったような仕事をしなければ。それが、今言う入り口があいているんだ、この漁港は。私は何回も同じようなこと言うというけれども、実際問題使えないんだよ、いまだもって。今40億円も60億円もかかるようになってきているけれども、使えないんだ。どうして使えないかわかっているか。波が入ってくるから使えないんだよ。昆布をとるのにだけだ、あけてあるのは。あと沖の方に出たってね、沖の方からつくるようになっているんだ、計画では。何かすれば地元だ地元だって。地元で津波とか何とか波の来る方向をよくわかっている人はいるのか、いったい。私はこの間21号台風のとき上に上がって見たよ。あなた方も波見たことあるか、そこで。どこからどういうふうに波来ているんだかというの見たことあるか、この間の21号台風のときも。波の来る方向がわからなかったらとめることわからないんでしょう、これ。だから私は声を大きく言うんだ、私は。今最近は、漁業者の人もやはり昆布だけじゃ食べられなくなったから、少なくともサンマ来たらサンマやらなければ。一生懸命張り込んでやっている。だから、やはり漁港はひとつの船着き場に利用するということになれば、相当これからの漁業の形態も違ってくるんだ、これ。だから、責任のある答弁をしてもらいたいと思いますよ。それから、子供たちの避難については神社のところという話でありますけれども、神社のところに行くにはやはり少なくとも 200メートルぐらいあるんじゃないですか。私は、幼稚園とそれから生活館をつくるときに、実は平沢さんは売らないと言った、あそこは。だから、小笠原さんの住宅建っている奥の方と中村利作さんのところと2つをやると、そうすればあそこに漁村センターと保育所をつくれば大体いいんだと、山の縁だからということであったけれども、やはり中村さんは売らないと言ったものだからそれは取りやめになったけれども。実際、子供たちはどうするんだということを考えた中でやはり私も協力しなければならんと思ったけれども。少なくとも、校長さんが言うのは神社のところになっているんだと。口で言うのは簡単だよ。しかし現実に来たらどうするんだと。しかも津波というのは早いよ。あなた方考えているようなものでない。ただ強いて言えば、情報が早くなったということだけ言える。しかし、その情報もどういうふうにしてどうなって、迅速に皆さんに周知徹底されるようになるのか、それはわからない。しかし早いよ、津波というのは。来たときにならなければあなた方わからないだろう。我々実際問題、そこで被害に遭ったんだから。3日おりました、神社のところの山に。やはり、少なくとも真剣をもってね、温かい行政でなければならない。ただ、口でばかりぺらぺら言ったんだって実は上がらないよ。だから、そのことについて再度お答えしていただきたいと思います。
答弁 町長
再々質問にお答えをさせていただきます。厚岸町と釧路町の境界問題でありますが、今ご指摘ありましたとおり長年の議員生活の中での経過をよくご承知の塚田議員であります。私もこの問題起きましてからいろいろと勉強させていただいておりますが、大変難しい問題であるということをみずから感じておるわけであります。先ほどお話しいたしましたとおり、両町の主張が平行線をたどっている問題でございます。しかしながら、私といたしましては厚岸町長として、今までの経過を十分に踏まえ、解決に向けて取り組んでまいりたいと、かように考えておりますのでご理解賜りたいと存じます。
答弁 水産課長(水産課長は2004年12月まで)
再度のご質問にお答えをいたしたいと存じます。現在の漁港をつくるに当たりまして、昆布漁船だけを対象にした港をつくっているのではないのかというご指摘でございますが、私どもは昆布漁船だけを対象にした漁港整備の計画を、地元の要望を受けて整備の計画を実施しているわけでございますので、ご質問者が申し上げていましたように、近年のサンマ流し網漁業等の漁船もふえておりますし、それぞれの船も現在の床潭の漁港を有効に活用されまして漁を営んでおるというふうに私どもも思っております。台風21号のとき港を見にきたかと、こういう再度の強いご指摘でございますが、当時私朝早く床潭漁港に出向きまして見ました。時間帯でいきますとちょうど干潮期でございましたので、そう波が大きく来ていないなということで、実際に浜の方にもおりまして、緩傾斜護岸の背後の掘削の状況が生じていないか等見まして、さらにまた筑紫恋の方にも回って見たところでございます。議員さんがおっしゃるように、担当者はわからないのでないかというご指摘でございますが、私どもは要望を受けた内容を計画にして、それを北海道、さらには水産庁ということで、設計、技術的なことも全部クリアをさせていただきまして、その中で港づくりを進めているわけでございます。まだ、意が足らない部分があるのかもしれませんが、温かい気持ち、積極的に漁港整備が進むようにですね、鋭意私たち努力をいたしております。ですから、塚田議員さんがご指摘のように港口を波の来る方にあけてと、こういう再度のご指摘でございますけれども、以前にも津波等のお話もありまして、その際もじゃ防潮堤をつくったらどうなのかというご質問にも、皆さんそれぞれ干場を持って漁業を営んでおりますのでそういったこともできないわけでございまして、現状の進められている整備計画の中で早急にその形ができるように関係機関に働きかけ、鋭意努力をしていきたいというふうに考えてますので、どうかご理解を賜りたいと、このように思います。