福島町議会 令和元年度定例会6月会議 2019年6月20日
青函トンネル記念館の活用と第二青函トンネルの機運の盛り上げについて
- 聞いた人
- 平沼昌平 議員
- 答えた人
- 町長 鳴海清春、企画課長 住吉英之
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
議員の質問 6番 平沼昌平
通告に従いまして、一般質問をいたします。青函トンネル記念館の活用と第二青函トンネルの機運の盛り上げについて、町長にお伺いいたします。本年、5月会議の行政報告において、4月22日に横浜市の独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構を訪問し、本年2月7日に立ち上げた「第二青函トンネル構想を実現する会」の内容と構想実現に向けた取り組みについて、当町の基本的考え方を説明し、情報共有並びに構想の実現に向けた支援要請等の意見交換を行ってきたと述べられております。当町の観光に対するパーツも6月から開始の福島町まちづくり工房に委託した岩部クルーズと二人の横綱を生んだ町、また、新十両一山本関が福島町役場職員として活躍していた町として、相撲環境の整った横綱の里づくりをベースにした横綱記念館、青函トンネル関連工事基地の町として、青函トンネル記念館が挙げられると思います。町長は第二の青函トンネルの実現に向けて実直な活動をされていると思いますが、2月7日以降、町民に対する機運の盛り上げが欠けている気がします。近頃は、JR貨物についての海上輸送を視野に入れた報道もされております。私は、青函トンネル記念館を情報発信の場として、町民の機運を高める必要性が有ると思いますし、その為に記念館の施設整備、広告看板、パンフレット等色々と考え、町民はもちろん町外の方々を巻き込んで話題性を広げることも必要と考えますが、それらに対する考え方と方向性をお伺いしたいと思います。
町の答え 町長 鳴海清春
平沼議員のご質問に、お答えいたします。第二青函トンネル構想実現に向けた取り組みについては、この度も独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構、北海道新幹線建設局の依田局長を訪問し、北海道新幹線の札幌延伸及び第二青函トンネル構想に関する意見交換をさせていただいてきたところであります。ご質問の1点目の町内外への情報発信についてですが、私も議員と同様の考えを持っており、青函トンネル記念館が有効な情報発信基地の場所と捉え、現在、担当課において、PR用看板等の設置を始め、各構想内容や町の取り組みが分かるようなパンフレットの作成に向けた準備作業を進めているところであります。なお、現時点で町としては、ご提言にあるような青函トンネル記念館の施設整備改修までの考えは持っておりませんので、ご理解をお願いいたします。次に、町民への意識の醸成については、青函トンネル工事完成後、相当時間が経過し、町民の世代交代が進む中で町民の方々の青函トンネル工事への思いが薄れているのも現実であり、私も議員と同様の認識を抱いております。しかし、第二青函トンネルの実現に向けては、町民の意識の醸成が欠かせない要素の一つと認識しており、まず、町内の団体などへの働きかけを行うとともに、関係者による講演会などを通じて継続的に情報を発信することにより、町民の意識の高まりは自然発生的に生まれてくるものと思いますので、引き続き、「第二青函トンネルを実現する会」や構想を提言している団体などと連携を図りながら、構想の実現に向けた取り組みを加速してまいりたいと考えております。
議員の再質問 6番 平沼昌平
再質問させていただきます。答弁書に対しての意見交換となりますけれども、まずPR用看板の設置、パンフレットの作成を行う予定であると言われておりますが、それでは、どのような規模の看板なのか、何基作るのか、どこに設置するのか、いつまでに作るのかということを、まずお伺いしたいなと。看板の絵面はどのような物を検討しているのか。それから、パンフレットの内容的にどこまで記載したもの、提言している団体とのものも当然入ってくるでしょうし、北海道のものも入ってくるでしょうし、その辺の詳細をお聞きしたいなと思います。
町の答え 町長 鳴海清春
看板については、青函トンネル記念館の国道に面した所に設置できればという考えを持ってございます。ただ、どの程度の大きさが可能かどうかは、今、担当の方で鋭意業者の方とも相談しながら、予算と相談しながらという話になるんだと思います。あと、できればのぼり旗を少し国道沿いに立てる形でPRができればなということで、私の考えとしては年内になんとか少しそういった形が見えるものにしていきたいと思ってございます。そして、パンフレットにつきましては、これまで構想を提言している団体、3つほどあります。JAPICさんだったり、第二青函多用途トンネル、こういった所の了解をいただいて、既に提言されている絵面は使って良いという了解はいただいてございますので、まずはそういった3つの提言をきちんと載せる。そして、町としての考え。これは当然、単純なPR用だけでなく、我々これから第二トンネル構想を実現する会の中で、多分、要望活動もこれからしていかなければならないんだと思いますので、そういったものの時にも活用できるような物で、できればやっていきたいと思ってございます。ただ、予算的には今、先般いただいた200万円の中で当座やっていくことになりますので、まずその中でどの程度やり切れるかということを早い段階で担当の方でまとめて、実現する会の方の了解をいただきながらやっていきたいと思っているところであります。
町の答え 企画課長 住吉英之(企画課長は2022年9月まで)
看板の設置の関係でございますけれども、町長は国道に面した所にというようなお考えもありますし、もし予算が許せば、まさにその青函トンネル記念館を使って駐車場側に面したセンターの外壁の上部。こういった所に設置が出来ないかということも考えてまいりたいと思ってございます。
議員の再質問 6番 平沼昌平
看板も色々ありまして、トンネル記念館の前には岩部クルーズの看板。これが去年の1月15日に看板を設置して、高さ4メートル、それから幅が5メートルと。予算上で980万円でしたか。それを計上したと。どの程度の看板になるか分かりません。それから、確かに企画課長おっしゃるように、施設のドームというか、その施設の国道側の背面はコンクリートの打ちっぱなしになっております。でも、課長、あれはコンクリートの打ちっぱなし。なぜ、ああいうコンクリートの打ちっぱなしにしているかというのも考えなきゃならないと思うんです。今現在のコンクリートの打ちっぱなしであれば、普通のコンパネ板でコンクリート枠を造ればいいんですけども、あのコンクリート枠の模様を見ていただければ、なぜわざわざ手間のかかるスギ板で枠を造って、あの外壁を造ったかというところをやはりよく知るべきだと思うんですね。先進導坑の初めてのトンネルの型枠は、やはりあれから始まっているんです。ですから、トンネルを造る時にああいうわざわざ手間のかかる外壁でやっているということも考えなきゃならない。ですから、今、看板をあそこに何らかの形で第二青函トンネルのものを示すというんであれば、その今までのトンネル記念館の思いを否定して、新たなものを考えるということにも繋がりますよね。だから、本来の施設を造った目的から逸脱して、それを推し進めなきゃならないのかということも、また議論の一つになってくると思います。私は、この間、本当にふざけた話なんですけど、トンネル記念館の質問を出してからトンネル記念館を見てまいりました。なにか懐かしいなと思うだけで、未来志向的なものは無かったような気がいたします。それで、話はずれましたけれども、その予算的なもの、それから看板的なもの。その質問した段階で、今、町長のご答弁ですと、もう既に考えているんだよと言うんであれば、もっと具体的な回答があっても良かったのかなと思うんです。それと、これは私の質問の仕方も悪いんですけれども、町長は、施設整備改修は考えていないとおっしゃっています。だから、今の町長の施設整備改修というのは、どういうことをイメージして施設改修整備というものを考えて、考えていないと言っているのか。まずそこを聞きたいと思います。
町の答え 町長 鳴海清春
看板につきましては、具体的にじゃあどの程度まで考えているかというと、そこまでに至っていないのが現実であります。私の頭の中で考えているものを担当の方にお示ししながら、私は先ほど言いました、壁面の考えも色んな考え方が出来るんではないのかなということで、今、担当の方とも色々と会話をしながらやらせていただいております。ただ、やはりきちんとした物をやるとなりますと、平沼議員は専門でありますから、やっぱりああいう所に細工をするとなると、例えば壁面を使うにしても相当な金額が張るんだと思います。今、そこまでの予算というのは我々持ち得ていませんので、私は極端にいくと、各町でやられているような形で選挙の看板を少し良くしたような感じで、青函トンネル記念館の花壇の辺りにきちんと道路面に面して、まずは第1弾としてやり切れれば、私はそれでまずは良いのかなという感じをしています。そのあとにまた今度、平沼議員おっしゃるとおり、施設の改修とか色んな形で第二青函トンネルをイメージさせると言いますか、そういったものなり構想を見ていただくという形のものなり、色んな要素があるんだと思います。現時点では一度、青函トンネル記念館をリニューアルするというお話が私の就任前から少しありましたけれども、そういったところで一度、道立から町に移管した時に少しコンセプトを変えて、多少、未来志向的なものもその中に含んだ展示になっていますけれども、そこのところは今ほとんどあまり活用されていないということがあるんだと思います。ただ、今、3つの提言の中に色んな絵がありますので、そういったものを記念館の中で見ていただくことがどうなのかということを、今後しっかり会の方とも相談しながらアイディアをいただきながら、行政だけがやり切るわけではありませんので、しっかり会を立ち上げさせていただきましたので、そこには色んな方々が入っておりますので、そこの中で皆さんでまず知恵を出して、どういった手順を踏んでやっていくのが良いのか。この第二青函というのは、多分、札幌延伸が2030年から2031年にかけてあるんだと思います。そこがもう少し進んできますと、第二青函と言いますか、青函トンネル自体がネックになっていることがクローズアップされて来るんだと私は思っていますので、そういった先を見据えながら、多分、長い戦いになるんだと思いますので、あまり一気呵成に行っても成果に結びつくとは自分自身も思ってございませんので、まずはやれるところをしっかりやって、足で稼ぐということを優先的にやっていきたいという思いであります。
議員の再質問 6番 平沼昌平
今、その町長の施設改修についてお聞きして、ちょっとホッとしました。町長のことですから、トンネル記念館にもう一本トンネルみたいな建物を造るのかなと思って、そこまでは言っていないんだけどという考えでおったんですけれども、しないという答えだったので、そりゃそうだよなと思いました。ただ、先ほども言いましたとおり、私のその施設改修という言葉の使い方も悪かったんですが、内容的なものを少しリニューアルという言葉を使えばよかったんでしょうけれども、その内部の物、それから内部の飾り付け、そういうものについては意外と安価な物で出来ると思うんですね。町内・町外の方々にも、やはり我々福島町はこの第二青函トンネルを本当に夢と希望を持って考えているんだよと提案できるぐらいの施設整備というのは、意外と知恵を出し合えば安価で出来るかもしれません。そう思うんです。この間ちょっと行かしてもらって見たら、もちろん道立青函トンネル記念館で飾ってあった物、また、使用していた物。それも当然あります。それから、内容的にもかなりリニューアルしたとは言っていましたけれども、去年、30周年を迎えるにあたって、その難工事の状況をパネルにした物。けど、全体的にうちの青函トンネル記念館、昭和63年3月13日から記憶が止まってしまっているような展示品がかなり多く見られるんですね。例えばこの間も行って、せっかく記念だからといってゴム印を押してきました。黒潮号は大きい字なので分かるんですけれども、他の図面的なゴム印はゴム自体がもう劣化してしまって、それで何の意味をするゴム印なのか企画課長分かりますか。分かんないですよね。分かんないと思うんです。私だって見ても分かんないですよ。ですから、これもやっぱり道立青函トンネル記念館で使っていた物。それで、用紙ははやてが通っている用紙。用紙は新しいんですけど判子が古いということで、ここに来て判子を押す人は一番判が欲しくて来るわけで、用紙はコピーすれば何枚も出来るわけですから、そういう気配りがちょっと足りない。それから、映像では北海道新幹線の工事から、現在走っている状況まで映像が10分間流れています。けれども、施設整備に対してはちょっと古いなと。古い物は古いで、私は難工事を伝えるべきものは、難工事だったと。それで、まず青函トンネルを造るためにはという入口から始まっていくんですね。この北海道が島になった、その在り方というものから入っていって、如何に津軽海峡が北海道開発にボトルネックになっているか。そういうもの。それから、昭和29年9月26日の洞爺丸台風で、洞爺丸の他4隻が海難事故に遭いました。これは日本史上最大の海難事故。これを受けて、安心で迅速に人と物を北海道から本州へ、本州から北海道へと。そういう目的でこの青函トンネルが造られたんだよと。その青函トンネルを造るのに、これだけの難工事があったんだと。この難工事を支えたのは福島町であり、福島町民の総意があって今があるんだよというとこら辺まで、この記念館は伝えて、その記念館の目的も達しています。けれども、今、これから第二青函トンネルを提案していくというスタンスを持って、町長も情報発信基地の町とするならば、あの2月に立ち上げているならば、もう既にそれなりのものがあって然るべきだったんじゃないのかなと。このように思って、今回質問させていただきました。まず、観光客の人達が来て、そのイメージを受けるのが、今、私が言ったような、青函トンネルに対して、こういう経緯があって青函トンネルって出来たんだなと。それで、福島町の方々はこういう風に青函トンネルに携わっていったんだなというのをしっかりと伝えている記念館でありますけれども、今後もやはりそういうトンネルの在り方と、それから未来志向的な考え方というのは私は必要だと思うんです。本来、この青函トンネルを造ろうかといった発案というのは、青函連絡船の代替ですからね。その青函連絡船の代替ということは、先ほど言ったような安全と迅速さをこの青函トンネルに求めたわけです。それから、新幹線を通すようになったといって出口が変わる。それから、今はもうケーブルも通す、何も通すって、どんどんあの狭いトンネルの中で新幹線はスピードアップする、貨物も増便にしていくというような状況の中で、あの狭いトンネルにどんどん今現在の技術的なものとか理想を押し込めているわけですよね。私のイメージとしては。でも、本来あの青函トンネルは、あくまでもさっき言ったように青函連絡船の代替のためのルートですから、それを望むんであれば、当時の車社会、モータリゼーションの時代であれば、車は排気ガスを出す、また53.85キロメートルを走り抜ける車が、果たして安全性があるだろうかというところも考えれば、その車を通すとか、人を歩かせるとかって、今、言うような第二青函トンネルの多目的トンネルの内容的なものはまったく考えていなかったと思います。でも、今、それをトンネルに求めていかなきゃならない。そういう時代になっているということを考えた時に、そこからやはりもう1本トンネルがという必要性というのも、また攻め所かもしれません。だから、そういう点も今はもう時代も変わって、自動車も自動運転になってくる。当然、今からよーいドンして、その車を走らせると言うと、もう何年かかるトンネルか分かりませんけれども、10年後には今以上に車も進歩しているという状況になった時に、その第二青函トンネルという必要性を訴えていく。そういう面を町外・町内の人に知っていってもらう。また、そういう施設にしなきゃならないと。このように思うんです。長くなりましたけれども、町長の施設整備というか、改修というか、どうでしょうか。その辺を含めて、今後、看板だけじゃなくて、看板は町長がさっきおっしゃるように本当にイメージで良いと思うんです。選挙用の看板の少しコンパネを厚くして、支えをして風雪に耐えれるような看板でも良いと思うんです。ですから、内容ですね。来た観光客なり、町内の人達がいつもそこに行って、その第二青函トンネルを肌で感じてもらうような状況作り、施設整備というのは必要でないかなと思うんですけれども、そういう面を含めて、町長どうですか。施設整備というのは考えられないでしょうか。
町の答え 町長 鳴海清春
色々とご提言いただきまして、ありがとうございます。我々は、やはりどうしたら第二青函トンネルを実現するかということの最終目標に向かって、どういったツールがあって手法が良いのかということを、まずしっかり捉えていかなければならないんだと思ってございます。その1つの中に、平沼議員おっしゃるような青函トンネル記念館というものを町内に設置をしてございますので、それを有効活用する方法は色々あるんだと思います。まさに今、函館港に寄港されている豪華客船の方々が、外国人を中心にやはり世紀の大工事であった青函トンネルの記録と言いますかね、その工事の記録を求めて色んな方々がいらっしゃいます。横綱記念館にも文化を求めて来ることが多くあります。我々がその第二青函トンネルを実現するにあたっては、やはり意識の盛り上がりがなければ、なかなか我々が旗だけ振っていても、多分、夢は実現しないんだと思います。そういった中で、先ほど言いました難工事。必要性があって、あの工事に先人達は向かって行きました。ただ、先ほど来言いますけれども、海峡がまだボトルネックになっているのは間違いないわけですね。まさに今度、札幌延伸になりますと、4時間の壁を切る・切らないの話が本当にクローズアップされてくるんだと思います。そういった中で、やはりその第二青函は必要だという信念の下で我々動いてございますけれども、これまでトンネル記念館はどちらかと言うと、そのやってきた事をしっかり記録・記憶して、皆さんに見ていただくという使命感だと思います。ただ、私はもう少しそこから踏み込んで、第二青函を実現させるにあたっては、やはり夢を語る、夢を見せるというのも多分必要だと思うんですね。やはり見たことのないものをまたチャレンジしていくことに皆さんワクワクしてくるんだと思いますので、そういったものが出来切れるんであれば、そういった手法も有りではないのかなと思ってございますので、そういった中で青函トンネル記念館が有効的に使われるんであれば、そこのところを目指すのも我々の1つの手法ではないのかなと思ってございます。ただ、じゃあどうやっていくんだということになると、まだまだそこまで我々知恵が回ってございませんけれども、まずは色んな形、機会。私も機会ある毎に、これまでは本当に第二青函という言葉を口にすることがなかなか憚られた時から比べると、町村会の会議、また国会議員、道議会議員さんの会議の要望会の中でも、少なくても町としてはこういう事をやりたいということを口に出して、皆さんもそうだねと納得してくれる首長さんもおりますので、まずはそういったことを私は外に向かってしっかりやっていく。そして、町内では、やはり町民の方々が、本当に町が向かっていることは我々の町にとって方向性として間違いないよねという意識を高めていかなければ、行政の一人相撲になりますので、多分、当時も深山町長がかなり色んな事の難題を解決していったんだと思います。それは当然、町民の方々、トンネルで働く方々の夢だったり、色んな理解があって実現したんだと思いますので、まずはやはり町民の方々にしっかりこの構想を町の旗印として間違いないですねということを理解していただくことが先決ではないのかなと思っています。そして、外に向かっては常に私達はこういったオール北海道の振興として、町だけのためでなくて、北海道の振興のためにトンネルが必要だということを訴えかけていけば、必ず夢の実現に扉は開いてくれるんだと思っていますので、そういったことを愚直ではありますけれども、地道にまずは積み重ねていきたいと思っているところであります。
議員の再質問 6番 平沼昌平
本当に町長は大変だと思います。自分の立場に置き換えないで、関係ないと言っている町長さん達の前で、この夢を語っていくわけですから。だけど、考えてみると、この間のJAの会長さんもみずほ総研にJR貨物の在り方というものを試算していただいて、まったく数字だけで判断して、今の時代にそれだけ車も基地も人もいるのかいと、新聞を見て思った方々もいると思います。でも、そこまで考えているということ自体から、それを考えるならば第二青函トンネルでしょうと。福島町の夢と希望だけで言ってるんでないですよと。先ほど町長おっしゃったように、オール北海道として必要なんですよというものを、私は事ある毎にやっぱり町長には頑張っていってもらいたい。頑張ってるんですけれども、何かしらこの間の行政報告を聞くと、自分も行ってきたんだけれども、町長の背中を押す状態には我が福島町はまだなってないよと。であれば、町長一人で走るのもいいですけども、たまには町長も我々を引っ張りながら、自分の高さに我々も引き上げながら、それからまた更に自分で上がって行くと。その後ろにロープを垂らして、私達はそのロープを伝って上がって行くというような状況が安全な登山の仕方でないのかなと。このように思うんです。ですから、その手法は手法で私はやっていってもらいたいと思います。本当にこれは夢物語を語るということからして、時には全然関係ない人にしてみれば、奇人変人に思われるかもしれません。それを如何に真っ当な根拠のある施策であると。それを本気で町長をはじめ福島町民は考えてるんだよと。それが北海道の為だよというところを示してもらえればなと思います。それで、先ほどの看板の話に戻りますけれども、トンネル記念館ばっかりでなくて、もう1つあるじゃないですか。先ほど隣の木村議員にも言われたんですけれども、メモリアルパークというのがあるんですよ。ああいう所も結構名前に釣られて観光客の方が来るんです。ですから、ああいうとこら辺からもやっぱり情報を発信するという一つのパーツとして私は考えていくべきでないのかなと思います。話を戻しまして、やっぱり先ほども町長も言っているとおり、福島はトンネルの町とは言ったって、トンネルが無い町なんですから。青函トンネル工事基地の町と言ったって、トンネルが無い町なんですよ。これだけはやっぱりしっかり腹の中に入れなきゃならないと思いますよ。最初はトンネルの町になるはずだったんですよ。これは新幹線になってトンネルが無い町になったんですよ。だから、第二青函トンネルの検討を進めても、その町民が第二青函トンネルの事を知らない町。こういう風にはならないように注意していかなきゃならない。このように思います。それと、せっかく町長が第二青函トンネルのことで国なり、それから他の関係団体と協議していく。国の国交省自体は第二青函トンネルは考えてないよと。今、メンテナンスだけで十分間に合ってるよというスタンスは変えていません。けれども、そこをやっぱり覆していくという考え方。それから、ただ津軽海峡がボトルネックになっている、この北海道と本州がただ繋ぐだけなんだよというようなことを言って、第二青函トンネルの必要性を訴えるよりも、どうせ夢なんですから、私は札幌延伸から稚内、稚内からユジノサハリンスクまで行くぐらいの壮大な世界的な計画を、この際、福島町から発信しても良いと思いませんかね。私は世界的な発想でいけば、今、北海道と本州を繋ぐ津軽海峡なんていうものは1ミリにも満たない鉄路の確保だと思いますよ。これは昭和14年に弾丸列車計画と言って、記念館にも写真があったんですよ。そういうのを考えれば、夢は大きく、もうどんどん進めるべきだと。今、日本の北海道のことだけ考えるんじゃなくて、世界的にそういう鉄路をもって、あらゆる物流なり情報を共有できるだけの鉄路を造っていきましょうよと。その中で青函トンネルをもう1本掘るぐらい、世界的な規模から見ると何てことはないんじゃないですかと言えるぐらい、福島町長には頑張ってもらいたいと。このように思うんですけれども、その辺を受けて、まとめとして町長のご意見をお伺いしたいと思います。
町の答え 町長 鳴海清春
色々とご提言をいただきまして、ありがとうございます。まだ少し頭がまとまっておりませんけれども、確かに平沼議員おっしゃるとおり、従来、弾丸鉄道ですか。そういったもので大陸と日本を結ぶということで、確かあれは韓国と九州を結ぶということで、今は亡くなりましたけれども、ボランティアガイドの花田さんの所に行くと、よくその話をして、自分は対馬の方に調査に行ってきたんだという話をよく自慢げに話していた事を聞いてございます。その中で多分、その延長線の中に新幹線が札幌又は旭川延伸という形になるんだと思います。ただ、なかなかまだ平沼議員おっしゃるとおり、その国土交通省全体の中ではしっかりしたそういったものは全くゼロに近い形もあるんだという風に私も認識をしてございます。ただ、私は最近、東京によく行かせていただいている中で、中央でよく話されるのは、東京オリンピックが終わった後の日本の大型プロジェクトが無い中で、新たなものを求めるという機運が少し民間の中にあるんだと。だから、今回も民間の人を中心に、その広大な北海道の振興を図るためには、やはりきちんとした輸送コストを下げるための鉄道輸送なり、車輸送がもう1本必要だということの発想が生まれてくるんだという風に思ってございますので、我々としては、先般、総務大臣の講演を聴く機会をいただいて、総務大臣が言っているのは、今は実現しなくても、明日に実現するほど、今、技術革新は進んでいるんだということ。だから、決して今、できないから諦めるということではなくて、5年、10年先にきちんとした技術革新がされて、先ほど平沼議員おっしゃったとおり、深山町長が夢見た青函トンネルの入口は知内に行ってしまいましたけれども、今の構想の中の皆さんと話をすると、大体、福島町の白符辺りで入口は大丈夫でないかという話まで頂いてございますので、今度出来る第二青函については、きっちり町内の中に入口もあるんだと思いますので、先ほど来申し上げますけれども、本当に長い戦いではありますが、町民の方々としっかり夢を共有しながら、その先頭に立ってしっかり町の思いを伝えていきたいと思ってございますので、まさにまたそのPRする1つの手法として、先ほどの看板の話があるんだと思います。私はなにも看板は1つでなくてもいいと思っているんですよね。例えばよくある横綱の里のやつも自分がまちづくり推進室の時にやらせていただきました。千軒の入口、松前の入口に1つずつ立てさせていただきましたが、そういった形で選挙の看板ではありませんけれども、色んな所に国道沿いに立てれば人目というのは付くわけでありますので、華美な贅沢な物を求めるのではなくて、やはり広く福島に入ったら目に留まるようなものを仕掛けることによって、人の視覚というものに訴えかけて、福島に来た人方に、福島は第二青函を望んでいるんだなということが伝わっていくんだと思いますので、まず是非、皆さんの協力を得ながら、本当にまだまだ先ほど言いました町民の理解については我々の力不足もありますけれども、会を立ち上げさせていただきましたので、行政とその会が一緒になってスクラムを組むことで、町民の方々へ広く発信していけるんだと私は信じてございますので、そこのところに議員各位も含めて、お力を頂ければなという風に思っているところであります。