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豊浦町議会 令和5年定例会6月会議 2023年6月12日

歴史的産業遺産D51について

2023年6月12日、豊浦町議会の一般質問で、大里葉子議員が「歴史的産業遺産D51について」質問し、町長 村井洋一、総務課長 石川壮輔が答えました。

聞いた人
大里葉子 議員
答えた人
町長 村井洋一、総務課長 石川壮輔

議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。

議員の質問 5番 大里葉子

議長の許可をいただきましたので、通告書に従い、2点について一般質問をさせていただきます。一つ目は、歴史的産業遺産D51についてです。(1)D51の適正な維持管理。①として、貴重な歴史的産業遺産である蒸気機関車D51-953号機、通称D51は、以前、2003年9月には、町として解体も検討されていましたが、SL保存会が参画することで保存が決まりました。D51は、全国からの保存会の尽力、ボランティア整備で塗装や補修が行われ、保存が継続しています。とようらD51友の会の皆さんの手により、何とかD51は生き長らえて、豊浦町で余生を送っている状況です。ただ、コロナ禍で、とようらD51友の会の皆さんも集まることができず、D51の直近の塗装は2017年でした。そのときは、塗装を終え、お色直しをし、ぴかぴかになったD51に子どもたちが乗って汽笛を鳴らす体験が行われ、D51の迫力ある力強い汽笛の音がよみがえりました。そのときの様子は、ユーチューブで見られます。ユーチューブでD51の汽笛を聞くと、昭和の古きよき時代が懐かしくもあります。また、令和の時代を生かされている今でも、D51の汽笛を聞くとパワーをいただけるような気がします。ちょっと話はそれますが、D51の汽笛の音階はド・ミ・ソ・ラで、ミとソは半音下がります。今、D51の維持管理は、完全にボランティア頼みの状況です。今後、とようらD51友の会の皆さんのボランティア整備ができなくなるときが来たら、維持ができなくなり、D51は終了してしまうのでしょうか。また、以前のように解体を検討されてしまうのでしょうか。②として、現状のD51は、車両のさびや汚れが目立っており、維持管理の困難さを物語っています。北海道のために走り続けたD51、歴史的産業遺産D51は、末永く姿をとどめていってほしいです。D51を町有財産として考えたとき、塗装や補修、そして冬期の維持に屋根をかけるとかお金をかけて保全をして、D51がこれ以上劣化しないようにしていく、それには保存会とようらD51友の会の皆さんのご指導、ご協力を仰ぎながら、町としてD51を次世代につなげていくお考えはありますか。③として、D51の維持管理の本音と建前についてです。D51の維持管理について、町長から前向きなご答弁をいただけたとして、それはそれでありがたく受け止めます。しかし、実のところ町長の本音は、D51改修や維持保全に少しもお金をかけたくないという思いが頭の中をよぎるのであれば、ぜひご検討いただきたい。D51を改修するために、クラウドファンディング型ふるさと納税を活用し、寄附を募集して、国鉄色塗装で往年の雄姿を再現してはいかがですか。また、冬期の維持保全にもクラウドファンディング型ふるさと納税の寄附を活用 、検討されたらいかがでしょうか。そこで、他の自治体の取組ですが、東京都世田谷区では、世田谷公園のSLD 51-272に、「甦れ!門デフ装備のデゴイチ」、昭和のSLを国鉄色塗装で甦らせたいと、目標金額1,500万円で、クラウドファンディング型ふるさと納税で寄附を募りました。また、東京都昭島市も昭和公園のD51が製造から80年、設置から50年近くが経過したので、もう一度D51を甦らせたいと寄附を募りました。目標金額は800万円で、結果、令和3年3月31日現在で1,176万9,479円であり、現在は寄附の受付は終了しています。また、D51ではありませんが、北海道仕様の特急列車で、とても懐かしい特急列車のキハ183-214が道の駅あびらD51ステーションに、キハ183-220が安平町追分資料館に、クラウドファンディングを活用して運搬されてきました。本町でもD51の冬期の維持管理や保全と、産業遺産D51の歴史を次世代へ受け継いでいくために、クラウドファンディング型ふるさと納税を活用して寄附を募ってはいかがですか。(2)D51を教育的にも観光振興への活用。日本一の秘境駅と言われる誉れ高い称号を持つ小幌駅は、険しい海岸と断崖を貫くトンネルとトンネルの間の僅か80メートル余りの限られた空間は、秘境駅マニアの間では聖地と語られています。この小幌駅は、豊浦町が維持管理することで、日本一の秘境駅の小幌駅が存続しています。そして、この小幌駅を利用しないと見ることのできない小幌洞窟や岩屋観音、風光明媚な文太郎浜やピリカ浜の自然が保存されていて、観光振興につながっています。そこで、D51についてですが、鉄道省D51とほぼ同型機関車が私鉄に導入された例はここしかなく、5両が製造されたうちの1両が中央公民館で保存されています。長らく保存されていたことでD51の状況はあまりよくありませんが、ギースルエジェクター煙突を装備していて、保存されているものは、道内で唯一と思われます。国内でも大変貴重なD51です。この貴重な歴史的資源のD51を観光資源として、秘境駅である小幌駅のように、洞爺湖有珠山ジオパーク、ジオサイトにのせて教育的にも観光振興につなげる活用方法のお考えはありますか、お尋ねします。

町の答え 町長 村井洋一(町長は2024年9月まで)

1番目の歴史的産業遺産D51についてお答えいたします。D51の適正な維持管理についてですが、平成16年から町が塗料などの必要な資材を用意しまして、道内外の有志が組織いたしますとようらD51友の会が維持・補修作業を行っておりました。通常であれば、5年ごとの維持・補修作業を行う計画でございましたけれども、ご存じのとおり、コロナ禍によって、平成29年9月を最後に現在まで補修作業が行われていないため、ご質問のとおり、さびや汚れが目立ってきている状況でございます。令和5年度につきましては、8月にとようらD51友の会が補修作業を行う予定でございまして、解体は検討してございません。今後につきましては、教育・観光資源としての利活用等が可能かどうかについて、とようらD51友の会や関係機関と協議し、検討してまいりたいと考えてございます。

議員の質問 5番 大里葉子

D51の維持・補修作業に当たっては、今年度8月、とようらD51友の会の皆さんが来町され、補修作業を行う予定と答弁をいただきました。道内外からご参集をいただき、とようらD51友の会の皆さんのボランティア整備作業に感謝するとともに、大変ありがたく受け止めたいと思います。また、解体は検討していませんとご答弁いただきましたが、歴史的産業遺産D51を今後とも次世代へ歴史的なものとして残す、受け継いでいくという考えなのか、今は解体しないけれども、またボランティア整備作業で塗装していただいて、それでもまた放置されて、いずれは解体されて産業廃棄物になってしまうこともあり得るのか、そこのところを町はどう考えているのか、伺います。

町の答え 町長 村井洋一(町長は2024年9月まで)

先ほども言いましたように、現在のところ解体は考えておりません。しかしながら、今後の利活用といいますか、私は、D51はすばらしいものだと思っていまして、広くもっともっと多くの方に見てもらいたいと考えております。例えば、鉄道博物館だとか、そういうところで展示したいとか、そういうお話があれば、また別でございまして、そういうことも含めて、将来的なことを友の会の皆さん方と、また、関係機関と協議をしながら進めてまいりたいと思ってございます。今すぐどうのこうのということではないですけれども、いずれにしても、今のところは解体も考えておりませんし、できるのだったら生かす形で、いつでもD51の輝ける雄姿を見られるような扱い方といいますか、活用の仕方を考えていくべきと思っております。

議員の質問 5番 大里葉子

今、町長からD51は今後も生かしていく、解体はしないというご答弁をいただきましたが、それでは、D51は維持管理をしながらでも、次世代に引き継いでいくということですが、今回、歴史的産業遺産D51についての質問に、答弁書を作成していただくに当たり、D51の歴史を振り返り、ルーツをひもといてこの答弁書が作成されたのかどうか、所管の課長にお尋ねします。

町の答え 総務課長 石川壮輔

今回、ご質問をいただきまして、答弁書を作成させていただきました。当然、D51の歴史というところをまずは調べて、いろいろ勉強させてもらっているところです。うちの職員にも鉄道に詳しい者がいますので、その方にもお話を聞いたり、資料を提供していただきながら勉強してまいった次第でございます。

議員の質問 5番 大里葉子

そうですよね。例えば、D51ですが、歴史あるものを受け継いでいくということは、この機関車D51が、どういう経緯で豊浦町に運ばれて、どのようなことを考えて中央公民館に設置されたのか、そういうことが分かるような説明が必要だと思いますし、一つは、教育的な考え方もあるでしょうし、もう一つは、豊浦町とD51の関わり、歴史的な考え方、捉え方もあるでしょう。私も、今回、D51について一般質問をするに当たり、いろいろ調べてみましたが、年配の人から昭和3年9月に、函館本線と室蘭本線を結ぶ長輪線が、長万部から現東室蘭間の全線が開通され、そのときにD51も豊浦町を走り抜けていたとお聞きしましたので、蒸気機関車D51-953号機のD51について調べてみました。昭和16年に汽車製造株式会社で製造され、昭和19年6月まで、胆振縦貫鉄道を走り、胆振縦貫鉄道から国鉄が昭和19年7月に購入されて、昭和50年まで室蘭、石北、函館、千歳、幌内の各線を走った機関車です。それから本町豊浦には昭和3年9月、室蘭本線の長輪線が開通し、このD51は昭和19年から23年までと昭和50年に室蘭本線を走ったそうです。もしかして、私も小学校6年生 くらいの頃に乗ったのかもしれません。例えば、とようらD51友の会の皆さんが、道内外から手弁当で、ボランティア整備で塗装の補修と作業をしてもらっても、何も活用されずに置きっ放しで放置されたら困ると思うのです。町長も今後もD51を残していきたいのであれば、D51の適正な維持管理とは言えないかと思うのです。残していくとしても、とようらD51友の会の皆さんのボランティア整備だけに頼っていくのでしょうか、お尋ねします。

町の答え 町長 村井洋一(町長は2024年9月まで)

とようらD51友の会だけに頼っていくのかということでございますが、豊浦町全体のD51であるということから、やはり町民の皆様のご理解、ご支援をいただかなければいけないと思ってございます。そういった中で、整備、塗装をすることによって、誰にも喜ばれ親しまれ、やってよかったな、すばらしいなと思えるような豊浦の財産として、そういったことを分かち合える取組が必要ではないかと思っております。また、先ほども言いましたけれども、もしほかの町でも鉄道博物館的なものができて、例えば、胆振沿線、まとめるような話が来れば、それはD51友の会の皆さん方や関係者の皆さん方と協議をして取り組んでいければと思っています。いずれにしても、D51である雄姿をいつまでも続けられるように、活躍してきた今までの歴史を語り合えるような形にしていくべきで、それがD51にとっても非常に喜ばしいことかと思ってございます。

議員の質問 5番 大里葉子

私は、鉄道博物館という構想があってもいいのかもしれませんが、できれば、この豊浦町にD51がずっと居続けてほしいと思うところです。もう一つは、今回のコロナ禍で、友の会の皆様も集まれないことは別として、D51をただ置きっ放しで手入れがされていなくて、手入れもされていないということは、心配もされていないという状況で、さびや汚れが目立っているD51が人の目に触れられ続けて、ある町民の方に、D51をこのまま置きっ放しで、冬期の維持保全も何もせずにしていては、このままだと朽ちていくだけだよねという話も伺いました。それ以前に、特に教育委員会の皆さんは毎日目にしているはずなのに、このD51を何とかしようという声が、所管が違えど、今までに上がらなかったのかと思います。皆さんの目に触れ続けているD51をどうにかしなければ駄目だよねと町長を説得、納得させるような声が上がってもおかしくはなかったと思います。なぜかみんなで見て見ないふり、知らんぷりをしている状況で、私からすると、D51をさびつかせて、いずれは撤去しようと考えているのかなとしか思えません。歴史がいっぱい詰まっている産業遺産D51ですが、お荷物と捉えているのかなとも思います。再質問に移ります。③のD51を改修するために、クラウドファンディング型ふるさと納税を活用してはについては、ご答弁をいただいていませんので、いま一度、ご答弁をお聞かせください。

町の答え 総務課長 石川壮輔

ご質問のクラウドファンディング型のふるさと納税の活用でございますが、こちらにつきましては、利活用の方向性について、我々も鉄道に関しては素人でございますので、まず、友の会を含めた関係機関と協議をして方向性を決めて、その結果、そのための財源確保をどうしようかという中で、その一つとしてふるさと納税の活用ということも考えられてくるのかなという状況でございます。

議員の質問 5番 大里葉子

ふるさと納税のクラウドファンディング型ふるさと納税をするときに、お金はかかるのですか、お尋ねします。

町の答え 総務課長 石川壮輔

維持管理についてどのようにしていくかということですが、そこについては、やはり、ある程度のお金がかかってくると思いますし、ご質問のとおり冬の部分で、もし屋根をかけるような方向性になるのであれば、当然、そこにはお金がかかってくると考えております。

議員の質問 5番 大里葉子

ですから、そのお金を集めるために、クラウドファンディング型ふるさと納税で寄附を募って、それを財源に充てて、D51の適正な維持管理につなげたらどうですかという質問でした。そのお金を集められるような形を取ったらいいのではないですか、お尋ねします。

町の答え 総務課長 石川壮輔

まずは、どういった利活用をするかというところが豊浦町としてまだ決められていないので、鉄道ファンや教育機関と協議をさせていただいて、決めてから、そういったお話に移っていこうと考えています。

議員の質問 5番 大里葉子

取りあえず、(2)のD51を教育的にも観光振興への活用についての再質問に移ります。とようらD51友の会や関係機関と協議し、検討してまいりますとご答弁をいただきました。検討していただけるとのことですが、関係機関とはどこですか、お尋ねします。

町の答え 総務課長 石川壮輔

まず一つは、当然、友の会になります。それから、教育あるいは観光というお話になってきますと、それぞれ所管する部署や関係機関、観光協会などといったところになってくると考えております。

議員の質問 5番 大里葉子

まず、分かりました。検討していただけると答弁をいただいていますが、検討にもいろいろありまして、検討を重ねるための検討や、前向きに検討するための検討、そして実現に向けての検討もありますが、そのお話は後でお尋ねするとしまして、私がなぜ歴史的産業遺産D51を、秘境駅の小幌駅のように、洞爺湖有珠山ジオパーク、ジオサイトにのせて、教育的にも観光振興へつなげてはと質問したのかといいますと、私も全く無知でしたが、今回、D51についての一般質問を決めてから、D51のルーツをたどって調べてみると、D51は洞爺湖有珠山ジオパークにとても関わっているのではないかということが分かりました。昭和19年に胆振縦貫鉄道が戦時買収され、京極線と併せて胆振線となりました。昭和 19年というと、半年間、前兆活動を続け、6月23日に麦畑の平地から噴煙を上げ始め、昭和20年9月まで、地震、噴火、隆起を繰り返して昭和新山が誕生しました。当時は太平洋戦争下でありました。胆振縦貫鉄道が戦時買収の前日の6月30日の夜にも、昭和新山が噴火を開始し、沿線一帯は激しい隆起に見舞われましたが、戦時下の鉄鉱石輸送という路線の使命上、列車の運行を休止させることもできず、各地から保線区員を集めて迂回路を敷き直し、隆起してはまた迂回路を敷き直し続けて、D51を走らせ続けたそうです。このD51は豊浦の中央公民館にあるD51です。結局、昭和新山が収束を迎える頃には、もともと線路があった場所は、山の中腹に位置するほど地形は変化したが、列車の運行を休止することなく、D51は昭和新山の地震、噴火、隆起を繰り返す中、噴煙が上がっているすぐ近くの迂回路を走り、鉄鉱石を移送し続けました。まさに、D51は歴史的産業遺産です。まだ私は確認できていませんが、壮瞥町に、昭和新山が噴煙を上げている横を走るD51の写真があると聞いております。ですから、D51は洞爺湖有珠山ジオパークにとてもつながりがあるのではないかと思われます。北海道の開拓にも奮闘し、北海道の産業革命の一端を担ってきたD51が、戦時下の昭和新山が噴煙を上げる中、走り続けたD51のルーツをひもときながら、歴史的産業遺産D51を教育的にも観光資源としても、どこかの鉄道博物館とかに移送しな いで、この豊浦で洞爺湖有珠山ジオパーク、ジオサイトにのせて、ぜひその実現に向けて検討していただきたいです。お尋ねします。

町の答え 町長 村井洋一(町長は2024年9月まで)

まず、昭和新山の形成とD51の歴史とその関わりでございます。今お話を聞いて、なるほどなと思ったわけでございます。昭和新山の形成とD51の関わりにつきましては、再度、勉強をさせていただきたいと思ってございます。教育委員会の中にも詳しい者がおりますし、そのほかにも何人か詳しい人がおりますので、それらを含めて 、ジオパークにも聞いてみて、まず研究をするということでございます。歴史的なものを全部調べ上げた上で、ジオパークのジオサイトとしてふさわしいか、ふさわしくないかも含めまして、それらを研究していきたいと考えてございます。

議員の質問 5番 大里葉子

ぜひそうしていただきたいと思います。小幌駅とともにD51も何か観光振興に役立てるようにしたらいいなと思います。一つ目の質問を終わります。

出典:豊浦町議会 令和5年定例会6月会議 2023年6月12日 議事録 PDF(5ページ) 間違いを知らせる