八雲町議会 令和5年第3回定例会 2023年9月6日
戦争をどう教えていくのか
- 聞いた人
- 三澤公雄 議員
- 答えた人
- 副町長 成田耕治、教育長 土井寿彦
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
議員の質問 8番 三澤公雄
議長、三澤。
議員の質問 8番 三澤公雄
よろしくお願いします。一問目。戦争をどう教えていくのか。身近な道内での出来事を教材として使えないだろうか。この内容の質問を私は、平成 26 年の 12 月にもしています。当時の答弁には、こうあります。戦争について学ぶ機会は確保しているが、現在は社会科に限らず、話し合い、考えさせる授業をと言われている。子ども達にどんどん議論させ、考えさせる授業づくりを、教育委員会も含めて取り組んでいくことが必要と感じている。こういう答弁でした。さて、今現在はどのように取り組まれているでしょうか。私の調査の範囲では、5人の中学生が訪問し学び、感じたことを校内で共有するという、広島平和学習だけに頼っているように見えます。広島で学ぶことはまだまだあるでしょうけれども、自分たちの住んでいる北海道では、どのようなことがあったのか。それを調べて議論して学ぶことのほうが、僕は有意義ではないだろうかと考えています。例えば、戦争末期のソビエト軍の侵攻だとか、実は地上戦も我々の身近な樺太であったとか、函館空襲だとか、実際に八雲町民の戦没者として名簿も記載されておりますので、そういったことのほうが、教育資源としては申し分ないと思いますが、お考えをお伺いいたします。
町の答え 副町長 成田耕治(副町長は2025年9月まで)
議長、副町長。
町の答え 副町長 成田耕治(副町長は2025年9月まで)
三澤議員の1つ目の平和学習に関する質問に、まず私からお答えします。八雲町では、世界の恒久平和を願い、核兵器の廃絶と戦争のない社会を訴えていくとともに、八雲町の美しい自然を守り、平和で安全なまちづくりを推進するため、平成 20 年3月に八雲町議会において、核兵器廃絶平和都市宣言が決議されています。この宣言に基づき、八雲町では、平成 22 年度から町内の中学生を被爆地、ヒロシマに派遣する平和学習事業を実施しております。私も今年、広島市に赴き、初めて平和記念式典に出席しました。猛暑の広島でありましたが、式典が始まると、何か空気が変わったように暑さを忘れ、これまでに経験したことがないような厳粛な気持ちになりました。人類史上初めて原爆が投下された広島において、日本国内はもとより、世界各国からの代表の方々が出席して原爆死没者の霊を慰めるとともに、世界恒久平和の実現を祈る平和記念式典に、核兵器廃絶平和都市宣言を唱えた八雲町の町長として、もっと早く行くべきだったと感じたところでございます。中学生も、平和記念式典に出席して、国内のみならず、世界中から平和を願って参列している方が大勢いることを実感するとともに、平和記念資料館の見学や、被爆体験講話の聴講などをとおし、被爆地で当時起きたこと、その後の放射線被害の恐怖に怯える暮らしなどを知り、戦争の悲惨さや当たり前の生活のありがたさなどを学ぶ貴重な機会となっています。また、派遣後は、8月 15 日の八雲町戦没者追悼式並びに平和祈念式において、広島市で学んだことを町民に対して報告し、平和の誓いを述べるとともに、各中学校においても報告会を実施しているところであります。私としては、八雲町の未来を担う中学生を広島に派遣する平和学習事業を、八雲町が平和の歩みを確かなものにする大切な事業として、今後も実施してまいりたいと考えてございます。
町の答え 教育長 土井寿彦(教育長は2025年3月まで)
議長、教育長。
町の答え 教育長 土井寿彦(教育長は2025年3月まで)
三澤議員の1つ目の質問にお答えいたします。教育は、国民が平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えることを期して行わなければならないものであり、学校教育においても、平和に関する学習が適切に教育課程に位置付けられ、児童生徒が平和の価値を認識し、平和な社会を実現しようとする意識を育んでおります。各学校では、社会科の学習において、平和への意識を高める学習内容が位置付けられており、小学校4年生の、地域の昔の暮らしを知る学習では、八雲町の歴史を調べる過程で、身近な人や家族に戦争下での生活についてインタビューしたり、学校図書館で八雲町の資料を使って調べたりするなど、地域素材の活用を図っています。また、6年生や中学校の歴史の学習では、戦争や世界の紛争、諸外国との関係、世界平和を目指した歩みなどを学ぶ過程で、それぞれの調べ学習と、教科書での学びを関連させ、抱いた思いや考えを交流しあい、考えを深めたり、新たな考えに気づいたりすることができるような工夫を、効果的に取り入れることで、ものの見方や考え方を広げ、深めることができる資質や能力を培っております。近年の特徴的な取組として、八雲中学校では、北方領土問題について、元色丹島民の経験を語り継ぐ方を招聘し、太平洋戦争末期のソビエト軍の侵攻等について学ぶ学習会を行っております。講話後には、自分たちの住む北海道での終戦時の出来事に心を動かされた、元島民の苦しみを痛感した、平和に暮らすことがとても幸せであることが分かった、などの意見や感想が数多く聞かれたと報告を受けております。小・中学校の外国語学習では、本年6月から八雲町が受け入れたウクライナからの避難民の方に、学習サポートをいただいており、児童生徒はロシアによるウクライナへの侵攻が、遠い国での出来事ではなく、現実に肌で感じる機会になっていると考えております。また、昨年度も上智大学との域学連携において、上智大学が受け入れたウクライナ避難留学生9名との交流学習を八雲中学校で行いました。避難留学生による国の歴史などの紹介からは、母国を思う強い気持ちが感じられ、平和を願うウクライナの方々の思いを生徒と共有することができました。教育委員会といたしましては、核兵器の廃絶と戦争のない未来を希求する平和学習事業の実施とともに、平和への意識を高める教育活動を推進し、八雲町の未来を担う子どもたちが、平和で民主的なより良い社会の創り手となる資質の育成に努めてまいります。以上でございます。
議員の質問 8番 三澤公雄
議長、三澤。
議員の質問 8番 三澤公雄
私は、広島のこの派遣する広島平和学習は、否定するものではないです。逆に副町長が言うように、大事なものだ。これは副町長の言葉ではなくて、町長向けの答弁なんですか。だから町長が行ったんだよね、広島に。途中で誤解が生まれちゃったんですけれども。貴重なことだと思うから、逆に修学旅行なんかも一気に広島に行ったほうがいいと。8月に暑いときに行くよりも、もう少し穏やかな季節に狙って広島まで足が延ばせたらと思ったりするんですが、なかなか予算的にも難しいでしょうから。それで広島派遣報告というのが、僕は形だけの事業になってると思うんですね。毎回こういう結構な厚さのカラーの物を作るんですが、僕も自分の持っている、いただいたものをいくつか持ってるんですが、欠番もありますから確認しましょうと思ったら、図書館でないんです。2014 年と 15 年のものはありますと言われました。コロナでしばらく休んでいたとしても、直近のものですらないんです。閲覧コーナーに一冊置いてあってバックナンバーが見れるなら、関心のある町民は見るでしょう。でもそれすらない。窓口に行って興味があるからお尋ねしたら、バックナンバーの 2014 年と 15 年しかないと言われました。中学生が行ったことを、その学年代表として行った子が、どういったタイミングで報告するかといったら、学校によって違いますが、派遣報告会が、野田生では例年学校祭なんです。熊石中学校も学校祭。落部中学校は終業式のとき。八雲中学校は、これは 11 月の段階で学年集会というかたちで、特別に時間をとってるんですね。これにとっても、あえて斜めな見方をすると、一つの行事としてなっていて、本当に教育長がおっしゃるような、今豊富な戦争に対しての教育の実践例をお話ししましたが、それが全て単年度でやっているのではないと思って僕は聞いていました。いくつかの年度に渡った出来事を話しをしたのかなと思うんですけれども。だから体系的に、そのときにそういったイベント的なものがあったから、学ぶ機会があった子どもと、その機会もなかった。自ら学校祭のときに、学校祭ってどっちかといったら、華やかな開放的な気分になるときに勉強しようという気持ちになって聞き耳を立てないと耳に入らないタイミングでしかないと。町民もどんなことがやられているのか見たいと思っても見られない。本当に広島の派遣事業が生きているのか。戦争体験を、実際に体験した方が年々減っていくという中で、どうやって共有していこうかという課題に、本当に向き合っているのかという意味も込めて、今回質問を作ったんです。ほぼ 10 年前にも僕しているんですが、その取り組みがないから。それで、一方的に長く話をしましたが、平成 22 年に広島の平和学習を企画しようって、これ実行委員会みたいな形で、民間を交えて議論を初めて、どういうふうに組み立てたらいいだろうかとやったような歴史を僕も調べました。それであるなら、今回、もう一度、今年の戦没者を見ても、本当に空席が目立つような、戦没者というカテゴリーに組まれる人もどんどん減っていくわけですよ。こういったときに戦争をどう学ぶか、どうやって共有していくか、それは僕ら大人もそうなんですよね。僕たちもその頃ちゃんと学んだかと言ったら、あまり記憶がないです。大人になってから興味があったから学んできたんですけれども。それであれば、どうやって八雲で、そういった戦争の過ちを繰り返さないために、もしくは自分たち、日本という国がどういうことをしてきたのかということを学ぶことも含めて、もう一度、どういった広島平和学習みたいなものを、それに代わると言ったら語弊がありますから、もう一度、どう取り組むべきかということを考える時期に来たと思うんですね。こういった、今、長く一方的に話しましたが、そういった観点で、戦争をどう伝えていくか、これからどう学んでいくかの観点で、広島とは別なかたちのことを模索してみてはどうでしょうか。どんな感想を持たれたか、ご両人からお返事をいただきたいと思います。
町の答え 副町長 成田耕治(副町長は2025年9月まで)
議長、副町長。
町の答え 副町長 成田耕治(副町長は2025年9月まで)
今ご意見をいただいてですね、町長が広島に行って帰ってきてすぐに、すごい自分としては行って、厳粛な思いで出席をすることができて、本当に良かったと私に伝えてきました。そして、8月 15 日の八雲町の戦没者追悼式、これを今のやり方でなく、もう少し、そこにそういうパネル展をしたりだとか、いろんな工夫を加えた中で、この戦没者平和祈念式も含めて、改めて考えてみないかということを町長から投げかけられていますので、今年、来年開催までに含めて、どのようなかたちでこの式典ができるかどうか分かりませんが、工夫した中で、今までとは全然違ったかたちで対応できるように、今、検討したいと考えてございますので、よろしくお願いいたします。
町の答え 教育長 土井寿彦(教育長は2025年3月まで)
議長、教育長。
町の答え 教育長 土井寿彦(教育長は2025年3月まで)
私のほうから、学校教育などでですね、特に平和教育どのように進めていくかということでございますが、戦後といいますか、現在においては、やはり唯一の被爆国である日本において、そして悲惨な戦争体験をした日本において、そういったところを中心に子ども達にも伝えていく。このことが、子ども達が反原、原爆、そして平和の無い世界、これを希求していくんだと、こういう思いに繋がるということで、やはり過去の語り部と言いましょうか、そういう継承していくというのは、非常に大切な体験になると思っております。先ほど申し上げた八雲中においては、北方領土関係で、そういった語る方にも来ていただいて、今年で2年になりました。道教委と連携した事業でもって、そういうことを進めております。そういったことも含めて、八雲町にそういったことを語っていただけるような方、こういう方が今なかなか難しい状況だと思いますが、そういう方々の人材をですね、私どもも求めるなどしながら、やはり子ども達にそういうことがきちんと伝わると。これは平和学習の中で非常に貴重な経験になると思いますので、そういったことを求めて、私どもアンテナを張り巡らせて協力していただく方を探していきたいと思っておりますし、広島で学んできたことを、きちんと広がりがあるように、今まで学校中心で行ってきましたが、そういった成果がきちんともう少し町民の方々の目にできるかたちで残していけるように、これは改善していかなければならないと思っているところでございます。以上でございます。
議員の質問 8番 三澤公雄
議長、三澤。
議員の質問 8番 三澤公雄
町長は戦没者、平和祈念式典を変えていきたいと。それも一つのアイディアだと思います。いわゆる八雲の戦没者って方が、どういう方がいるのかという、今回、名簿をちょっと取り寄せていただいたんですね。495 名が戦没者として記録されているんですけれども、その中に、いわゆる日付からぼって、亡くなった場所が特定されている人をピックアップすると、ソビエト参戦されたときの亡くなった方が 26 名、僕はカウントできました。この中には、いわゆる樺太で亡くなった方もいますから、地上戦、沖縄とは別な、どちらかと言ったら歴史で埋もれている地上戦の経験者の方もいるでしょうし、島民の方から2年続けて実際にお話を聞いている。8月 28 日に択捉島にソ連軍が侵攻したのが、北方領土、あっちから入ってきた部分ではアリューシャンのほうから下がってきた軍と、樺太から下がってきた軍と、二軍あると聞いていますから、その流れだと思いますが、26 名の中には、八雲町民が 26 名いたと。僕が問題提起した 10 年前には、本当に生き残りというか、226 事件の青年将校の中にいたっていう人だとか、あと玉音放送を流すのを阻止するために、それを阻止するんだという勢力と戦うための近衛兵に所属していたという方が、まだギリギリ生きてらっしゃったんですね。そういう時期だったものですから質問しましたが、もう 10 年経って大分環境も変わりました。そういう意味では、北方領土の話も、僕自身も八雲の方が亡くなっているということを知るまでは、遠い出来事だったんですね。是非、地元のこととも関係づけながら、より身近な、そしてあってはならないことだということを、もう一度焼き付けるような教育プログラムができることを願っています。是非、もう一度、大人も交えてというか、何か協議する期間を、八雲も郷土の歴史を大事にしているグループなんかもありますから、そういう方たちにも働きかけて、平成 22年度に広島学習が起こったときのような取組が、もう一度されたらいいなと思いますので、是非、そっちのほうも検討してもらいたいと思います。今日はお願いということで、お願いします。