長万部町議会 平成30年第4回定例会 2018年12月14日
議事録に件名の記載なし
- 聞いた人
- 健 議員
- 答えた人
- 町長 木幡正志
議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。
議員の質問 8番 健
私は2点について質問させていただきます。1点目。曙地区の町有宅地売却後の道路整備は。長万部町史によると、昭和25年頃から累積する隠し赤字が9,000万円を超え、昭和30年財政再建団体の指定を受けた。ガス工事の背任事件、建設等に積算ミスなど、問題が発生し赤字が累積した。町長は辞表を提出し、議会では議員21名中19名が辞職して補欠選挙が行われた。新卒者は、就職先に役場職員を敬遠していたことが語り継がれている。新しい町長は「赤字解消こそ第一義である」の決意で赤字解消に取り組んだ。昭和36年、町は町有林を道に売り渡し、赤字4,200万円を解消したが、残る赤字の解消には曙地区町有の宅地を分割し売り払うことにした。これには、町・担当職員、議会人も応援して販売にあたり、町民・商工業者らに支持されて完売し、財政破綻を乗り越えることができた。売却から50数年、曙地区4-15地先から4-24地先の国道5号線バイパス道路までの道路用地が未舗装で宅地は20区画です。所有した町民は一部住宅を建てていますが、町内の商工業者はまとめ買いで、4区画購入者は1社、3区画購入者も1社、2区画購入者は2社で全区画が完売している。住民は、町が販売の宅地だから時期が来たら舗装道路になることを信じて、町に要望活動をしてきたと言います。新元号になると昭和の時代が遠くなります。町が財政再建団体の時期、財政破綻を支えてくれた土地です。この道路を町道認定して舗装工事をすることを今後の工事の優先順位に入れてはどうか。町長に考えをお伺いいたします。2点目、長万部町史その後の町史の編集は。長万部町史の刊行は、開基100年・町制施行30年記念事業として企画され、5年の歳月をかけて、昭和52年10月31日に発行されました。目次から見ると、1.村とよばれるまで。2.室蘭線開通まで。3.戦争の時代。4.新たな出発。の各項に分けて、年表では1604年~1975年まで776頁に、まちの歴史、伝統、文化の記録を町史として後世に残しています。後記には「記録がない」「明らかでない」で済ませたものも多いと述懐しています。その後のまちは「国鉄のまち」から「学術と文化のまち」へと、農業・漁業も産業構造が変遷してきました。5年後は、開基150年・町制施行80年を迎えます。その後の時代に活躍、継承してきた町民が健康のときに町史の証明者として情報を提供いただいて、その後の町史の編集に取り組んではどうか。町長の考えをお伺いいたします。以上です。〔議員(8番 健)自席へ〕
町の答え 町長 木幡正志
曙地区の町有地売却後の道路整備はということでご回答申し上げます。50数年前、町の財政破綻にあたり、ともに少しでも協力をしたいと、町内の有志の方々が町の将来を憂いて町有地の売却に応じ、破綻からの復活を支えていただいたことに対しまして、誠に感謝申し上げるものであります。当該曙地区の売却地につきましては、昭和37年、今から56年前に町が宅地として20筆の区画整理を行い、売却したものであり、中心を通る約130メートルの通行区画に沿って、現在5件の民家が建ち並んでおります。当該通行区画は未舗装の状態でありますが、町有地であり地域の生活道路という位置づけで、道路補修や、除雪など住民の通行に支障がないよう町が管理を行っております。この道路を町道認定して舗装工事を今後の工事の優先順位に入れてはどうかとのご提案についてでありますが、現在、町内には多くの同様な未舗装の通行区画である町有地が存在いたします。また、町道でも未舗装のものが存在しております。つきましては、そういった箇所をすべて洗い出したうえでそれらの調査、対応を検討し、優先順位や費用対効果などを総合的に判断して整備計画を行い、対象箇所の計画的な改良、改善を図ってまいりたいと考えております。ただし整備計画の決定までには、膨大な作業量が予想されることから、一朝一夕とはまいりません。しかし、住民のみなさんの利便性向上はもちろん、町の破綻からの復活を支えていただいた方々のためにも、かなり時間のかかることではありますが、実現に向けての調査を進めてまいりたいと考えております。2点目。長万部町史その後の町史の編集は。お答えをさせていただきます。長万部町史につきましては、昭和52年に開基100年・町制施行30年記念事業として企画され発行したものであり、その後の事業では、開基110年の昭和58年に町花を「アヤメ」に制定し、開基120年の平成5年に記念写真集「長万部熱き鼓動」を発行、130年記念の平成15年には、冊子「ふれあい交流家族おしゃまんべ」を発刊してきたところであります。町史については、編集の後記に「一瞬に過ぎない町の歴史も、まともに取り組めば、途方もない広がりと深さを持つことに驚かざるを得ない」とあり、各時代を活躍された方々らの情報収集は大変貴重なものと認識している一方、世界遺産登録候補が話題の北海道北東北縄文遺跡群や、来年350年目を迎えるシャクシャインの戦いをはじめとしたアイヌ文化との関わりなど、町史全般で「記録がない」「明らかでない」と記されている各分野についても、見直しや、調査、研究を深め、専門的知識によって補充していくことも、町史の編集にあたっては大変重要と考えているところであります。町史の編集にあたっては、5年後の開基150年・町制施行80年の節目にむけて、情報収集の方法や、町史の調査、研究の状況を勘案しながら、町史の編集のあり方や方向性について、検討してまいりたいと考えております。以上です。〔町長(木幡正志)自席へ〕
議員の再質問 8番 健
最初の質問についてですが、再質問させていただきます。50数年前のことであります。当時宅地販売に携わった方々にお聞きしました。「そういえば売りっぱなしになってるんだなあ」というのが端的な感想をいただきました。町長の答弁では、冒頭に土地所有者に感謝を述べられました。このことは今後に大きな希望を与えたことと思います。昭和37年当時、曙地区で町が売却した宅地は全部で40数区画になると思います。それは小学校グラウンドの小体育館の横にある水産加工の会社から、ずっと大浜に向かって給食センター裏側の土地、大体40区画くらい。そのちょうど中程にバイパスからふれあい公園に抜ける町道曙線でちょうど二分されております。二分されました大町側については、大町曙線という町道認定されて舗装されております。そして大浜側のこの20区画についてはまだ舗装されていない。これは同じ時期に販売された宅地でありながら、一方では町道認定し舗装もされています。一方では通行区画ですか、という表現でなされております。このたび50年経過した現状、町長にご理解いただいたと思っております。また、感謝のお言葉をいただきました。そこで、この町道認定は町長の決裁でなされると思います。ぜひ任期中に町長のご判断で町道認定されてはどうでしょうか。一方、舗装整備については、これは総合的な判断による優先順位になるということは町長の説明で十分理解しました。ともかく町道認定を願うものであります。お願いします。
町の答え 町長 木幡正志
半世紀前のお話しをいただいて本当にびっくりしてるんですが、実は当時まだバイパスもできてなかった。非常にそのあたりは平らな用地だったと思うんだけども。バイパスできたらちょうど高さの高低差が出てきて、あの道路、袋地になってるのも、現実確認をして、周辺の人から道路の整備だけしてくれっていうことで、あそこ再度、毎年春先には道路整備も進めながら、そして除排雪をきちっとやると言って、生活に支障のない形で今まで取り組んできて、ここきて53年経つんだけども、それをすぐやれって言って、例えばやったにしても、今先ほど言った排水路1本、それから民地が入ってる。だから道路付けるって言ったら、給食センターの方に抜くって言ったら、逆に言ったら民地も購入しなきゃいけない、道路用地としてそれこそ町道認定しなきゃいけないとしたら膨大な作業もあるんだけれども、まずそれ以外にも長万部町内にこういった砂利道の町道がたくさんある。これを現実に今きちっと調査してみたい。その上でどこの優先順位というのはやっぱり費用対効果がどこにあるのかなと。様々な評価をしながら、やってみたいと思っております。ただそれにも限られた職員の労力でやる分については、ちょっと時間がかかるということもご理解いただいて、私の立場ですぐ町道に認定しなさいとそう言われても、そこまでのことについてはより慎重にかかっていきたい、そう思ってますのでご理解いただければと思います。