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八雲町議会 平成26年第4回定例会 2014年12月8日

町内の戦争体験者の声をどう伝え残すべきか

聞いた人
三澤公雄 議員
答えた人
教育長 瀧澤誠、学校教育課参事 本庄伯幸

議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。

議員の質問 5番 三澤公雄

共にやっていきましょう。それでは2つ目に移ります。町内の戦争体験者の声をどう伝え残すべきか。戦後 70 年を迎えようとしています。決して繰り返してはいけない戦争、この体験をされた方々の苦労が年月とともに風化していっているのではないでしょうか。少なくても、町内での体験者の苦労をどう後世に伝え残していくのか。そこからどう教訓を導き出して伝えていくのか。残された時間は決して多くありません。教育の場で、そして町政においては、町史の中においてもしっかりと整理されるものではないかと考えますが、町長並びに教育長のお考えを伺いたいと思います。

町の答え 教育長 瀧澤誠(教育長は2015年12月まで)

議長、教育長。

町の答え 教育長 瀧澤誠(教育長は2015年12月まで)

おはようございます。三澤議員の2つ目のご質問に町長の考えを含めまして私からお答えいたします。先の大戦の惨禍を目の当たりにし、戦後の苦難を乗り越え、新しい日本の建設に努力した世代の体験が、戦後 70 年を迎えようとする今日において、語られる機会が少なくなってきていることは、議員ご指摘のとおりであります。教育基本法では、平和で民主的な国家及び社会の形成者として、必要な資質を備えた国民を育成することが教育の目的であります。そのような点から、例えば中学校社会科学習指導要領では、先の大戦について経済の世界的な混乱と社会問題の発生。昭和初期から第2次世界大戦の終結までの我が国の政治外交の動き。中国などアジア諸国との関係。欧米諸国の動き。戦時下の国民の生活などを通して、軍部の台頭から戦争までの経過と、大戦が人類全体に惨禍を及ぼしたことを理解させる。また、公民的分野において、国際的な相互依存関係の深まりの中で、世界平和の実現と人類の福祉の増大のために、各国が相互に主権を尊重し、各国が協力し合うことが重要であることを認識させると共に、自国を愛し、その平和と繁栄を図ることが大切であることを自覚させるとなっております。町内各小中学校ではこうした学習指導要領の内容を踏まえ、先の大戦とその後の我が国の再建について、写真などの資料が掲載された教科書を用いて、教育の目的を達成するために適切な指導を行っているところであります。また、町といたしましても、町史には先の大戦にかかる史実を掲載し、八雲町としても先の大戦と無縁ではなかったことを記録して残している他、毎年8月6日には各中学校から生徒の代表を広島に派遣し、原爆の語り部の話を聞いたり、平和記念式典に参加するなどして、平和について考える平和学習授業にも取り組んでいるところであります。各学校では生徒が持ち帰った成果を全校生徒に還流する報告会も開催しております。このように八雲町教育委員会と八雲町内の各学校では、決して繰り返してはいけない戦争の体験について学ぶ機会を確保しておりますが、議員ご指摘の八雲町内での体験者、いわば語り部のお話を聞くということにつきましても、学校から学習をより進化させる上でのニーズなどがありましたら、活用について検討したいと思っております。よろしくお願いいたします。

議員の質問 5番 三澤公雄

議長。

議員の質問 5番 三澤公雄

2つ。1つ整理しなきゃいけないと思うのは、戦争体験者の私が問題提起した語り継ぐ部分ですね。資料としてどうやって残していくのかというところ。この点のことと、あとどうこの戦争のことを教育として取り上げていくのか。私もこの近現代史をちゃんと習ってません、学校では。そういう方って多いと思うんですよね。やっぱり古代史から始まっていく教え方の中で、一番、僕は大人になって感じたのは、近現代史をちゃんと習わないことは、不幸だったのかなというふうに思いますけども。ここを2つ別に話しながら、ちょっと切り離しながら、教育長の考え方だとか町長の考え方聞いていきたいと思います。まずは、本当戦後 70 年になるので、体験された方、それは被害者として体験された方、また、加害者として体験された方。いろんな記述を八老連、八雲老人クラブ連合会なのかな。そういう名前、八老連という名前で刊行誌出してるんですよね。年に1回か2回で。本当に既刊号からこう綴じてあるやつ、図書館にもあるんですけれども。実は先ごろ天寿を全うされた加藤孝光さんに、議員になってすぐに私がまとめたものだよって言って、その会員の戦争体験の資料をもらったことがあるんですけども。それを読んだときのやっぱり記憶が、非常に僕もビックリして。歴史の渦中、いわば 226 事件の実際、兵隊さんとして動いた方の記述だとか、天皇陛下の玉音放送ですか、奪回のために動いた近衛兵に与していた方の記録だとか記憶だとかってことも話されて。八雲にもそういう方がいらっしゃったっていうのは非常に驚きだったんですけども。いずれの方も故人になられてると思うんですが、そういったことも、まだ関係者がいるうちに掘り起こしで記述しておくだとか、僕は被害体験だけじゃなく、加害体験の部分。その渦中にいたという部分も含めて、それは大切なことなんじゃないかなと思います。この辺の掘り起こし作業がどこまでできるのかということを改めて。また、それが副読本とかっていう形でですね、教育の現場で使っていったらと思うんですけども。その可能性も改めてお聞きしたいと思います。一方、この近現代史の部分の教育ですね。先ごろ保阪正康さんが講演きたときにも講師にも質問したんですけども。見事にお答えしていただいたんです。同じ悩みだったんですね。イデオロギーに関係なく、右左に関係なく、その部分をやはりちゃんとして扱いたい。でもこれ非常に難しいですよね。というのは僕なんかが思う当然のこと、事実だと思うことが、あるグループの方々にとっては、そんなことはないというところまでいっている。でも史実として定着したところ、なぜあの戦争が起こったのかだとか、戦争にいった過程を、例えばある側から自虐史的っていう批判を受ける部分もそのまんま受けとると、仕方なかったっていう答えに行くんですよね、戦争が起こったこと。でもそれでは後世に伝え残す教訓としては、僕はおかしなことになってしまうと。やはり、なぜあの戦争が。また、それがどうして国民に受け入れられたのか。国民の中で支持されていったのか、ということをも含めて、しっかりとしたものは教えれると思うんですけども、そういったことの可能性と、もしくは課題っていうんですか。それもできればお話しいただければと思います。2点。

町の答え 学校教育課参事 本庄伯幸(学校教育課参事は2019年3月まで)

議長、学校教育課参事。

町の答え 学校教育課参事 本庄伯幸(学校教育課参事は2019年3月まで)

それでは私から、議員の質問についてお答えさせていただきます。まず1点目、八雲町の被害者あるいは加害者の立場からの資料も含めてどう残していくのかという点つきましてですけども。現在、被害に遭われた部分では、民間の刊行物も含めて、例えば 1945 年7月 14 日の北海道空襲における八雲町での被害のことについてだとかっていう部分については、刊行物として残っているものがあります。今言われる、さらに深い加害者の、まあ加害者という言い方は適切ではないかもしれませんが、戦争に従事された方の立場としての話しだとか、そういう部分。実はそういう資料として当方で確認しているもの少なかったんですけども。あれば必要に応じて今後検討していかなければいけない部分なのかなというふうな考えを持っております。まず1点目についてはそのようなところです。2点について、近現代史をどう学習していくのかということですが、先ほど教育長の答弁にもありましたように、学習指導要領にきちっと歴史学習につきましては古代からずっと通して近現代史まできちっと時数を確保することが明記されておりますので、そのような部分で改めてですね、きちんと学習指導要領にそって取り扱うようにということで、学校に、各学校に指導することは可能です。また今議員がご指摘されました史観、歴史観ですね。これは本当に様々歴史学上、様々な史観がございますので、この史観と史実を区別して、学校、公教育ではやはり事実をきちっと子供たちに教え、そこで子供たちがそれぞれ大人になって判断していくということを、身につけさせていかなければならないのが公教育だと考えますので、そのような立場で指導するように学校には伝えていきたいと思います。以上でございます。

議員の質問 5番 三澤公雄

議長。

議員の質問 5番 三澤公雄

ありがとうございます。まず、どう残していくかという部分ですけども、少なくても八老連のところでまとめてる分の掘り起こしをしてですね、そこに書かれてる方が、まだご存命であれば、改めてそこで補足だとかの取材をしていただきたいだとか。少なくとも図書館には今あるわけですから。そこの分にですね目を通していただいて、生死の部分ですねチェックしながらですね。また今の会長さんとかともお話ししていただければ助かるなと思います。また、故人になられた部分の記憶なんかも、やはりお友達の中でそういうこと共有されてると思いますんで。そこの掘り起こし作業をまずやっていただければなと思います。そして次の部分ですが、事実を教えるというところだけで終わっていくと、僕の周り含めても歴史嫌いって山ほどいるんですよね。なぜかって言ったら何年何月に何が起こったっていう。クイズみたいな授業になる。テストもそういう傾向がある。せいぜい文化だとかこの時代、何藩にはこんな産業があっただとか。まあ地理みたいな勉強になっていくんですけども。少なくても日本以外の国は僕は歴史っていうのは議論する授業になっていると思うんですね。なぜこうなったのか。こうならないようにどうできたのか。そこから繰り返さないためにはどうするのかだとか。まあ近現代史に限ったらそういう表現になると思いますけども。そういったものをですね、多分学習指導要領全般見たときに、今度の新しいもの見たときに、ディスカッション、議論できる授業の構成ってものが出てきてると思うんですけども。ぜひその中心にですね、僕は歴史教育は入るのかなと。そこに右だ左だっていうイデオロギーが入らないようにする工夫というのは、非常にいると思いますけども。やはり外野の声なんかをシャットアウトしながら、教育現場の方々だけで話し合うってことも大切だと思いますけども。それをすることすら許されない空気もあると思います。いわば教師は組合側だから左だという感じで、外から右の攻撃が来るだとか、容易にそういうことは想像できるんですけども。やはり建設的な大人たちが周りからそれを守っていく事は、僕は必要なのかな。力のあるところからこう教えるべきだ、僕が今言ってることもそうだと言われるかもしれませんけども。そうではなくて、やっぱり教育者が後世に、ようするに学問として、また子供たちがいろいろこう考えるきっかけにするっていう教材を提供しながら、どうやって授業を作っていくかという工夫についてはですね、やっぱ見守っていきたいな。ぜひそういうことには新しいチャレンジをしていただきたいと。もう1点は古代史からって話あったんですけども、例えばですよ、スタート時点で近現代史をやって、じゃあ今のこの日本が、日本もしくは世界がこうできてるのはどうしてだったのかな、さあちょっと振り返ってみましょうって言って古代史に持っていくだとか。何かそういう工夫をしない限り、時数を何ぼ確保している、当初確保していても学校の運営、僕の当時のことも含めて、子どもたちが習ってきたことも含めて、後ろはやっぱりこう追い込まれるんですよね。だからそれを見越して歴史の部分の教育を、近現代史の部分をあえて、おろそかになりがちな3月期というか、後期の後半の部分に置いていくっていう考え方なんじゃないかというふうに指摘される分は否めないと思うんですけども。例えばそういった、その順番の変更というのは指導要領も含めてどんなふうにされてますか、僕はその辺で工夫が入る余地があれば工夫してもらいたいなと思うんですけども、いかがなものでしょう。

町の答え 学校教育課参事 本庄伯幸(学校教育課参事は2019年3月まで)

議長、学校教育課参事。

町の答え 学校教育課参事 本庄伯幸(学校教育課参事は2019年3月まで)

それでは議員の質問にお答えいたします。まず議員から歴史授業において、もっと子供たちに議論をさせるような授業があってはどうかというお話がございましたが、まさにそのとおりでございます。現在、学校は社会科に限らず、今教えて考えさせる授業というのが言われておりまして、基礎基本や事実をきちんと教えて、あと子供たちにどんどん考えさせ議論させ考えさせていくというようなことを、そういう授業づくりが必要だというふうに言われております。こうしたことを社会科においても進めながら、学校教育にあたっていかなければいけないと考えております。次に、そうした上で、いろいろ歴史についてはイデオロギー等がありますということがありましたが、教材について、その教材の事実とそこから私たちの中に、学校教育の中で教えなければいけない道徳的な価値っていうのが基本になる部分だと思いますので、そこを外さないようにきちっとした形での授業を進めていけるように、教育委員会も含めやっていかなければいけないというふうに感じております。次に、歴史を逆に近現代史から教えてはどうかというご指摘がありました。教育課程編成については、各学校が独自にそれぞれの特色を活かして編成できることになっておりますが、ただ社会の歴史に関しては、教科書が古代からっていう編成になっております。と言いますのは、やはり小学校・中学校の子供たちの発達段階を考えた時に、歴史っていうのは必ず原因があって結果がある。そこから、また次の原因があって結果があるという繋がりがありますが、子供たちの発達段階からいくと、原因、そしてそこから結果というふうに考えていったほうが、まだ考えやすいというような子供たちの思考の展開の部分もあるかと思います。またですね、様々な教育活動の部分で、この教科書の展開に合わせて行われているものが中学校等ではありますので、そうしたことからもなかなか教育課程の入れかえというのは難しい。もっと議論が必要な部分があるのかなというふうな印象を持っております。以上でございます。

議員の質問 5番 三澤公雄

議長。

議員の質問 5番 三澤公雄

難しい問題提起ですから、ここですぐ答えが出る問題だとは思いません。起承転結を大事にという言葉もありましたけども。それがすなわち古代史からずっと順番にっていうこともなかなかどうなのかな。例えば長い髪を両側で結んでて、お笑いの人がこんなことやりながら卑弥呼様ってやっていた。あのような髪型の時代と、次の例えば平安とか室町。どんどんちょんまげに変わっていく部分なんかが、本当にこれが起承転結で繋がっていくものなのか。僕は時代時代を取り出してきたときに、その中で起きた出来事。今例えば年代の教育ありますよね、年号を覚えていく。それ、だからこの起きた事象が起承転結でどういうふうに、何がきっかけでこの条例が必要だったのか。この出来事は何がきっかけだったのかといったこともまた、起承転結だと思いますから。まだまだその辺の部分、もっといいものをぜひ教育現場で模索していくこと、続けていってもらいたいと思いますし、こちらからもいろんな部分で応援や一緒に研究していきたいなと思います。そう思います。どうもありがとうございました。

出典:八雲町議会 平成26年第4回定例会 2014年12月8日 議事録 PDF(9ページ) 間違いを知らせる