みんなの議会

福島町議会 令和7年度定例会3月会議 2026年3月10日

津波避難計画について

聞いた人
熊野茂夫 議員
答えた人
町長 鳴海清春

議事録から機械で取り出したものです。正しくは会議録でお確かめください。

議員の質問 7番 熊野茂夫

それでは、通告に従って一般質問を行います。「津波避難計画について」町長に伺います。昨年7月のカムチャッカ、12月の青森東方沖を震源とする地震発生による津波警報、注意報の発令で津波浸水区域に指定されている区域の町民、また、仕事中などの町外者も日中、夜間と避難しました。この2度の避難から平常時では得られない津波一次避難時におけるそれぞれの地区ごとの課題が明らかになったように思います。昨年12月に示された津波避難計画改定に伴う避難場所の整備方針では指定緊急避難所兼指定避難所9箇所、津波一次避難所(重点)4箇所、津波一次避難所(簡易)8箇所、高台の避難適地3箇所と整備方針では建物には防災品等の備蓄、高台には備蓄コンテナと示され、また、今後の津波避難対策緊急事業計画として6項目が示されました。本年2月の町民との議会の懇談会でも津波警報発令時における一次避難(初動避難行動)に戸惑う発言がありました。津波警報発令時には気象庁より津波の到達時間とその高さが示されます。短時間(5,10分)での緊急避難路・確保・避難先の海抜の確認も含め、浸水地域の町民の緊急時における迅速な避難行動の意識醸成を図ると同時に徒歩、車に対応した避難路の確保が重要と考えますが、今後の避難路確保に対する町長の考えをお伺いいたします。

町の答え 町長 鳴海清春

熊野議員のご質問にお答えいたします。東日本大震災などの過去の災害から学ぶことは、災害時にはいち早く逃げる行動をとることであり、日々の生活の中で常に避難訓練等を通じての意識づけが重要ととらえております。町では現在、津波避難対策計画を策定中ですが、この度の計画策定にあたっては、各町内会に入り啓発を含め地区毎の避難経路を協議し、津波浸水想定区域の町内会の方々と、夏季、冬季での避難方法として徒歩を基本としながらも、車による避難も推奨する内容としております。昨年の7月に発生したカムチャッカ半島付近の地震及び12月に発生した青森県東方沖の地震の避難状況を見ますと、一時避難場所や避難所などへ車で避難された方が大多数を占めております。徒歩や車で避難する場合においては、普段から最短避難ルートを確認するなどの意識づけが重要であり、町民の皆様へ自分の避難場所及び避難経路を認識していただくための啓発に努めてまいります。「自分の身は自分で守る」を念頭に、町内会と連携を図りながら防災訓練などを通じ、地域の方々の防災意識の向上を進めてまいります。また、避難路の確保については、現計画においては、既存の道路等の活用を基本にしておりますが、国- 66 -の防災・減災の制度などを活用しながら地域の方々の声を聴き、新たな道路整備も含め、「町民の生命財産を守る」を第一優先に、防災対策に努めてまいります。

議員の質問 7番 熊野茂夫

津波避難計画について、これまで町の方では今回の改定で2回3回と何度か繰り返し改定しながら避難計画を進めてきたんだろうという風にして認識しています。それで、先ほど藤山議員からのいわゆる経験上の話しされていました。これは、地震におけるいわゆる災害だったと思います。それで、当町の予測されるという津波・地震、津波に関するところでは特にも津波のことが一番大きなテーマになっている課題であろうと思います。それで、この当町の津波被害のこれまでのことから考えた時に、1983年(昭和58年)正午12時に発生した日本海中部沖の時の津波の影響。これは経験上から言いますと、私は松前の札前の高台でもってまともに経験しています。ですから、その夕方までの松前の沿岸地域の津波の状況、まさに松前漁港は館浜の漁港もそうでしたけども、洗濯機の回っている一番強で回した状態の津波を見ています。その次に、1993年(平成5年)これは奥尻ですね。北海道南西地域の地震これは夜の10時半過ぎだったと思います。これは夜の発生です。これは地震の揺れも酷かったんですが、その後福島の状況を私はちょうど福島川のすぐ側で生活していますので、川の状況を結構やはり1メートル近くの状況で河口を遡ったのを確認しています。地震の揺れが相当酷かったんですけども、それもおそらく夜だったのでどの程度の津波の大きさだったのかは定かには確認されていないですが、という風なことで津波の被害というのが結局福島の場合は一番考えられることだろうという風な思いで、今回は津波の問題でさらに初期の避難のところでの問題に特化して町長とお話したいなと考え聞きたいなと思ったんです。カムチャッカの夜の時に実際に私は10分から15分ぐらい、テレビでの到達時間を見ながらニュータウンに車で走りました。上から、昼だったんで全面的にあの下の状況を上から確認できます。おそらく町のモニタリングしたところでも車7,80台上がっていたという風にして思うのですが、私の目から上から見ていてずっと確認したうえでは一般的に言う都会の車の渋滞という感覚は私は受けなかった。確かに何台か来るんだけども、多少の譲り合いでもって中に入っていけれるような状態だったんですね。ですから、避難の時に気がせっていて、あそこの所で車が3台4台なった時にはそれは渋滞感覚を持たれたのかもしれません。でも、昼間で上から見ていた分にはあの上に上がった70台、20分ぐらいの間で上がってきた70台であればそんなに渋滞の感覚というのは私は持たなかったんです。それが一番心配で上から見たくて私もあそこに避難したんです。それは、日常の月崎第一町内会での避難の津波避難のことについて避難訓練も2年3年と続けていて、そして、高齢者を対象にした時に確かに福島中学校への徒歩での避難ということを考えればそれが最優先だろうなと思うのですが、ただ、高齢者が多くなった時に車で逃げるというのもこれはあるでしょうという時に、これは実際にそこのところを見てみないと分からないなという思いもあったので、とりあえずはニュータウンから見ました。それで、私の感覚はそうです。ですから、一定程度のその避難する人方の訓練なり意識を持てば、あの程度の渋滞であれば、あの地域の問題は行政も入って町内会と話をするとか色んな事をすることによって当面のいわゆる緊急性の当面のことについては私は解決できるのかなという風な思いは持っています。ですから、町内会の懇談会の時にも実際の現在町長もお分かりだと思いますが、観音橋のあの一番上のニュータウンに上がる橋、あれは平成24,5年の時に一回改修していますよね。もっともっと狭い大変な橋だったんです。あの状態に用地収用から何からのさまざまな要件を勘案しながら、当時やれることのギリギリいっぱいのところであの橋をああいう風な改修していただいたと。ですから、あれでいいとは思いませんけども、もっと楽にスムーズに避難できるような状況にしていただきたいなと思いますけども、私の感覚はそういう風に受けました。しかし、初動の避難が最も優先。日本海中部の時もこれはまだ津波の発生だとか何とかというのがマスコミのところでも気象庁からでも正確なデータは持って避難の指示だとかそれがなされない状態の時、これ調べてみますと、津波の発生の発表というのは14分から20分それぐらいの時にテレビでは放映されています。しかし、実際は5分で奥尻には日本海中部は到達していましたよという後から分かっています。それから、北海道の南西沖地震の時にはこれは平成5年なんですが、夜中の夜の10時17分という風にして記- 67 -録されています。この時の奥尻の津波の高さというのは3.5から高いところで8.5、青苗地区ではこの津波の発生でもって火災が発生して、それがまた被害を甚大なものにしたという状態で死者が202人、行方不明28人、被害総額が1,243億円程度という風にして記録として残っています。ですから、そのようなことを考えると、これは津波に特化して考えた時には、その発生時の一発目の避難、ただ、町長がてんでんこでもって自分の命を守るにも必死になって逃げましょうよということ。その意識醸成が一番大事なことであって、ただ、行政側から出来ることとすれば、それを逃げる時の一発目の避難路そのことを一定程度きちっとやっぱり備えあれば何とかで、整備できるものは順次整備しておくということが大事な視点なんだろうなという思いで避難計画の避難路に特化してこの質問をさせていただきました。そのうえで、改めて町長の考えをお聞きしたいと思います。

町の答え 町長 鳴海清春

福島町はどちらかというと海岸線が広範囲に亘って極端な話し岩部から白神岬まで海岸があります。そこに家が大体山に背を向けて建っているところがありますので、やはり福島町で一番注意しなければならないのは津波ではないのかなという風に私も考えております。議員が色々おっしゃいましたけども、実際私も昭和35年のチリ地震・津波これがたぶん私がまだ4,5歳の頃の話なんですけども、本当にあの時は沖合に相当波が引いて、極端な話、磯が見えて魚がポチャポチャ水のない中で魚が跳ねていたのを私経験しています。そして、私もおばあちゃんに連れられて山のうちの親戚の奥山さんというとこなんですけど、ちょっと高い所に逃げた記憶がございます。本当に場所によってはその津波の速さスピードというのもまた違いますし、南西沖とか特にチリ沖もさっき言ったようにそうですけども、やはり我々ここ最近では一番ちょっと怖かったなというのは秋田沖地震あの辺の所が多分日本海からどうしても地震が起きてきますと波が入ってきますので、ただ、福島町は津軽海峡に面しておりますので、若干そこのところの優位性と言いますか、これが直線、極端な話し日本海に面した例えば江差だったら松前だとかであれば真向に津波が来ますけども、多少我々はワンクッション例えば日本海でも太平洋でもそうですね。例えば十勝沖地震の時もそうでした。ただ、あとまたチリ沖も十勝沖も距離的に相当震源地が遠い所にありますので、福島に津波が到達するまでには相当な余裕がありますので避難としては問題ないのかなという気がしますので、そういったことを考えますと、過去にも先ほど言いましたとおり色んな津波があった中で、福島町の場合は本当に極端な被害といいますか大きい被害には至っていないのが実情でありますので、我々としてはそういったことに安堵することなく、やはり、この前の能登の地震でもそうですし、3.11の東日本でもそうです。まさか、あそこでああいうものが起きるというのは誰も想定し得ないんだと思っています。特に、あの元日の能登半島なんかは元日の本当に皆さんがお正月を迎えて良かったねと思っている時に地震が来たわけですから、本当に何時どこで何がというのは、言葉で簡単に言いますけども本当にそれが今現実としてあります。特にまた地球温暖化の関係で海水温が上昇している関係で、やはりそういった過去の経験が通じない気象環境になっているのかなという風に思ってございますので、ある程度やはり10年20年周期で大きな災害は来るという想定を我々もしておかなきゃならないのではないのかなと思っていますので、そういった意味も込めまして今回避難計画の見直しをしっかりさせていただきましたので、そういったなかで各町内会としっかり膝を交えて相談もさせていただきましたので、そういった地域の方々がやはりその地域の状況を知ってございますので、そういったなかで行政としてやるべきことを、そこをしっかり捉まえて計画の中でやっていきたいと思います。ただ、先程来何度も言いますけども、やはり町単独でやるということはなかなか議員ご承知のとおり事業費が膨大な金額になりますと出来ませんので、当然国の制度を使って補助金を使って色んな町民の負担を軽減しながら事業をするというのが我々の仕事でございますので、そういったなかでまずは優先度、一番必要とするとこはどこなのかということを選びながら、そして、一番急がれるとこはどこなのかというところをしっかり判断をしながら、その計画の中に実施計画を作っていって、最終的にはその予算、財源確保をしてしっかり実現していきたいという風に思ってございますので、まずはその計画の中で色々今、事業も含めてこれから議会の方ともまた相談することになるんだと思いますので、そういったなかで、しっかりまずは町民の命を第一優先に考えて事業選択をしていきたい。そのように思っているところであり- 68 -ます。

議員の質問 7番 熊野茂夫

今、町長の方からいわゆる財源の話し出てきていましたので、これは地域未来交付金ですか、地域防災緊急整備型とか何とかという、また、防災庁という国の考え方で、いわゆる能登の問題も東日本の問題も様々な最近の災害のあれが国の方でもいくらか意識しているんだろうなということなので、これは鳴海町長にはこの整理をしていくうえでは相当にやっぱり資金の問題ある、財源の手当ての問題というのは大きなテーマになるんだろうと思います。ですから、先ほどの避難路のところであっても、ニュータウンへの避難路の問題であっても、そのことの手当てが目途がパッといけば、それは準備しておくことが出来ればそれに越したことない。さらに、浦和地区だったりそれから松浦、吉野、ああいう海岸べりのずっとあの辺の所についても高台の避難の所というのはどの程度の形で整備するのかは、地域の人方としっかり相談してということなんですが、緊急時におけるいわゆる消防避難の場所の確保の仕方というのが避難路も含めて一番大事になってくると思いますので、ただ、これについては道路工事等々も含めて結構なやっぱり財源の確保が必要になろうかと思います。ですから、間に合わせじゃなくて、時間的に早ければ早い方がいいんだろうと思いますけども、じっくりそこのところは練って、順次、意識しながらその整備を進めてほしいなという風に思います。よろしくお願いいたします。

町の答え 町長 鳴海清春

先ほど議会に上がってくる前に、ちょっとある事務所から電話がありまして、今議員おっしゃった未来交付金について内示がありましたという報告もいただきましたので、そういったものはしっかり我々としては使っていきたいという風に思ってございます。そして、今おっしゃったとおり、浦和、松浦、吉野含めて、昔はやっぱり、うちのおふくろの時もそうでしたけど、昔は皆さん畑を耕していたんですね。それで大体その畑に行くのには、きちっとした道路といいますか人がちゃんと歩けるような道路が付いていたんですよね。大体そこのところを上っていけば大体津波は避けられるのかなという場所にたどり着くんですけども、最近はやはりそういった畑を耕す方もなかなか、うちのおふくろでさえ全くやめてしまって今は竹わらになっているんだと思いますけど、そういったところが各町内会にいても少なくなってきていると思います。ただ、やはりそういった避難する場所というのは色んな形であるんだと思っていますのでそういったものを上手く活用しながら、また、先ほど言いましたとおり、きっちりと今日の新聞なんかも出てましたけども、町の方も車での避難も奨励するように変更しておりますので、そういったものを考えますと、やはりきちっと車が通行できるような避難路というのも1つ2つ従来の道路のほかに必要になるのではないのかなと思っています。ただ、そこには多額な予算が先程来申しましたとおり掛かりますので、ここについてはじっくりと国などの応援をいただきながら整備するものはしていきたいという風に思ってございます。まずは今ある中で何ができるかということを優先しながら、しっかり町民の命を守っていくような最善の方策をやっていきたい。そのように思っているところであります。

出典:福島町議会 令和7年度定例会3月会議 2026年3月10日 議事録 PDF(72ページ) 間違いを知らせる